【質問#19】子供の性別による離婚率の差

質問・悩み相談の回答です。

質問

いつもたのしく拝見しています。さっそくですが、第一子の性別と離婚になんらかの関連があるのでは?と考えております。第一子が女の場合、男の時と比べて離婚率が高いのでは?と周りのシングルの人を見ると思うのです。あのぱらさんの周りはどうですか?宜しくお願い致します。(過去に関連した記事を御書きしていたらすみません) イガラシ・Z

回答

私個人的には直観的には「ええ?そうかなあ?」という感じです。というか、良く考えたら身の回りに離婚した人がいません。昔の同級生が離婚したと噂で聞いたという程度ですが、その知人も特に親しいと言うわけでは無いので離婚原因は分からないですね。

というかもっと良く考えるとそもそも私には友達と呼べる人はほとんどいないことが分かりました。SNSで「いいね!」する人は一定数いますがそれは友達でしょうか。サーバ上にイイねしたデータが残っているというエビデンスでつながっているだけのとても希薄な関係だと思います。とても悲しくなりました。

従って離婚についてどうこうと言われてもそもそも離婚のサンプルが身の回りで発生する確率自体がほぼゼロで、暗い気分になりました。さらに言えばそのように情報不足な状態にありながら「ええ?そうかなあ?」と、若干否定の考えから入ってしまう自分の心の偏狭さにガッカリしたところでもあります。

いやいや、ネガティブなのは良くありませんね。私は元来人嫌い、友達など居なくて結構、俺は一人で生きていく。俺にかまうな。と気持ちを切り替えて調べてみました。すると、驚きの事実が分かりました。

娘がいる夫婦は息子がいる夫婦に比べて離婚する確率が高いという結果が以下では述べられています。

離婚とその要因 -わが国における離婚に関する要因分析- 安藏伸治

子どもの有無は離婚を抑止する効果があるが,子どもの性別の違いよってその効果の程度が異なる。Morganらは1980年のCurrent Population Surveyを用いて分析し,女児をもつ母親は息子をもつ者よりも結婚崩壊を経験しやすいということを検証した。同様に、娘は息子よりも両親の結婚崩壊を経験しやすいということもわかった。相対的な結婚崩壊する確率は娘をもつことで9%上昇するのである。夫婦にとって子どもをもち親になることは,結婚安定性を増すことになるが,父親が家庭に熱心であるとき特にそれは顕著にみられる。しかし子どもが息子である時には,父親の熱心さがさらに上昇するのである(1988)。

子どもの存在は結婚の安定性を上昇させるが,父親は息子によりかかわり合いと彼への投資を促進させるため,息子は娘よりもより安定性を上昇させるのである。つまり,父親は娘よりも息子の養育に熱心であり,娘よりも息子に躾や教育をより熱心に施すという結果がみられたのである。Katzevらも,男児がひとりでもいる母親と女児のみの母親とを比較すると,後者のほうが離婚確率の高いことを証明している(1994)。

つまり子供を持つことによって離婚を抑止する効果は認められるが、その効果は性別によって程度が異なり、男児の方が高いということですね。その背景としては父親が娘よりは息子のほうが子育てに熱心になるからと分析されています。

ただ、誤解の無いように付け加えておくと「子供を持つことによって離婚を抑止する効果は認められる」ので、子供が居ない家庭と娘が居る家庭を比較すれば後者のほうが離婚しにくいということになります。

その他、厚労省の離婚統計を見ると離婚率は30代が高いことが伺えますが、まあこのあたりは質問の前提からは省かれていることと思います。

結論としては「娘をもったほうが離婚率が高い」ということになりました。第一子が女児だと、とまでは断定できませんでしたが、子供の性別による離婚の確率には確かに有意差(?)があるようです。

息子の方が教育熱心?

ここからは感想です。

私は息子の方が父親が育児や教育に熱心になり、投資も活発化するというという考えは少なくとも私は理解できません。私は子供が女であろうが男であろうが別にどうでもいいです。男であろうと女であろうとハッカーもしくはコンピューティングの知識もある分子生物/遺伝学者へと育てるだけです。

たまに、知り合い等から「男の子のほうが良かった?」(※うちは二人子供がいますがどちらも女です)と聞かれます。私は完全にどうでもいいので「どうでもいいです」と答えます。すると大体「女の子の遊びが分からないとか、キャッチボールをしたいとか無いの?」などと聞かれます。

女の子の遊びがどういうものか分かりませんが、うちの長女はGIMPや紙を使って絵を描いたり、Lubuntuをインストールしたネットブックでキーボードを叩いたり自転車に乗ったりしています。どれも私の得意分野であり、すでに親に似ているので別に困ってません。

キャッチボールは私がそんなに野球が好きでないので別にできなくてもいいです。というか、やりたいと思えば女だろうと男だろうと関係なくキャッチボールは出来るはずで、「女の子だからキャッチボールは出来ない」という考え自体が理解できません。

でもそういう事を現実世界で面と向かって言うと相手は「何だコイツ変態だな」と思うに違いないので、「あ~、そういう時はちょっと困るかもしれないですね~。でも一緒に絵を描いたりしてますよ」などと良いパパを演じています。

そういえば、昔は「跡継ぎになるから」などという名目で男児を望む風潮がありましたね。農家に多いような気がします。今もどこかではそういう考えが残っているかもしれません。ただそれも古臭い考えですね。私がもし農家を継いでいて、子供が女児しか居ないのであれば私の代で法人化して娘を社長に仕立てます。そうすりゃ女でも農家継げる。大体、そういう考えって農業が機械化されてない時代が背景にあったからじゃないんですかね。

子供にあれこれ期待するな

こういう話があるたびに私が思い出すことがあります。

それは大学の時の哲学の授業でした。その先生の講義は半年かけて子供をテーマにして「若いうちに子供を作るのは良い事か?」とか「結婚しなくても子供を作っても良いか?」とか「なぜ児童虐待が頻発するのか?」などを学生に質問し、学生の考えを引き出して討論してく様なスタイルでした。教科書もないし板書書きもほとんど無し。私にとっては非常に新鮮で楽しい講義でした。

その先生が半年の講義の終わりに述べたのは「子供に対してあれこれ望んではいけない」ということでした。

それは、子供に対して理想を持ちすぎるとそのギャップが生まれたとき、うまくいかなかったときに子供をコントロールしようとする。すると自然に子供に厳しくなる。特に性別に関しては変えようがないので、その望みが外れたときには育児へのモチベーションを削いでしまう。子供が思い通りになることなんてほとんど無いし、子供はいずれ親の指図など受けなくなるのだから子供に必要以上に干渉するべきではない。そもそも子供を産もうと努力するのも出来れば辞めたほうが良い。出来ないと落ち込むことになる。子供は授かりものと捉えて、コントロールしようとは思わない事。それが一番。・・・という主旨だったと記憶しています。

実際には仕事の都合だったり、経済的な余裕とか出費とかを考えて子供を作る時期を調整するという程度はコントロールして然るべきと思いますが、原則としてそのような考えを持っておくことは気分が楽になって良いのでは、という気がしました。