別に結婚しなくても良くねえか

先日、「子供を育てること」という記事を書いてからいきなりの落差ですが、こう思っています。

結婚して子供を育てるのは素晴らしい事だと思いますが、私は現代社会において全ての人がそうあるべきだなんて思っていません。個々人の生き方はそれぞれが選択すべきで他人が口出しすることじゃないです。そもそも出産と育児に関しては病気その他の理由により子供を産みたかったが出来ないという人が大勢いらっしゃり、デリケートな問題でもあります。

そもそも独身で一生を生きるという生き方もメリットは大きいと思います。子供を育てるという生き方に興味がなく、寂しさに対して耐性があるならば別に結婚は選択するメリットが無い。はっきり私はそう思う。大体、寂しいから結婚って何なんだよと私は思ってしまいますね。寂しいから結婚する、って、寂しいから猫買う。アメショがいいな。みたいな考えと同じじゃないですか。まああくまでも私の意見ですが。

簡潔に私の考えを述べると、「みんな違ってみんないい」ということです。それぞれの人がそれぞれの幸せを追求し、それに口出しする人が居ないような世の中であれば素晴らしいと私は思います。金子みすゞは大正~昭和の人です。その時にすでにダイバーシティの重要性を指摘して、社会がそれを認識してから何十年も経ちます。

そんな現代においてもなお、固定観念や特定の価値観に固執するひとはいるようです。そう思ったのが以下。

「僕は結婚しない」と言い切るアラフォー男性の本音と課題 | 読売新聞

以下、おかしいと思う点を列挙します。

最も多かったのは、「やりたいことがあるから結婚しない」という声。「趣味が楽しい、あるいは仕事が充実しているため、結婚するとそれが失われてしまう」と考えているようです。(中略)
 しかし、3人に「一生一人で暮らしていけると思いますか?」と聞いたら、「それは分からない」という言葉が返ってきました。すなわち、「やりたいことがあるから結婚しない」と言っているアラフォー男性は、他人への共感力に欠ける現実逃避タイプ。
 「やりたいことをやりたい。でも、一人で生きていく覚悟はない」、さらに心の奥で「この先結婚しようと思ったら、男はまだまだチャンスはある」という根拠のない優位性を感じているだけなのです。

えっ、なんで「根拠のない優位性を感じているだけ」とか言いきれるの?このアンケート結果からは「趣味/仕事が楽しく結婚によってそれを邪魔されたくない。しかし、一生一人で寂しさに耐えられるか分からない」という心の葛藤があるという事しか読み取れません。

他人への共感力に欠ける現実逃避タイプ
一人で生きていく覚悟はない
根拠のない優位性を感じているだけ

どこからそんなことが読み取れるんでしょうか。拡大解釈という範疇すら外れてもはや偏見/決めつけのレベルではないでしょうか。

次に目立ったのは、「過去の恋愛・結婚が影響して結婚しない」という声。恋愛のトラウマ、婚活疲れ、離婚歴などから、結婚を避けているのです。
 なかでも最もやっかいなのは、結婚そのものへの嫌悪感が強いタイプ。過去の失敗を「たまたまうまくいかなかっただけ。たまたま相手が悪かっただけ」と受け流せず、「反省して次に生かそう。きっと大丈夫」と前向きに考えることもできないのです。
 しかし、彼らに「相性のいい女性が向こうからアプローチしてくれたら、受け入れて結婚するのでは?」と聞いたら、「そんなうまい話はないと思うけど、もしあるなら結婚すると思う」と言うのです。すなわち、「過去の恋愛・結婚が影響して結婚しない」と言っているアラフォー男性は、お膳立てを待っているだけの甘えん坊タイプ。

ここも理解しがたいです。

なかでも最もやっかいなのは、結婚そのものへの嫌悪感が強いタイプ

なんで厄介なんでしょうか。別に結婚に嫌悪感を持つ人が居ても良いでしょう。全人類全ての人が結婚しなければならないなんて思想は日本はもとより古今東西どこの文化圏でも聞いたことがありません。

お膳立てを待っているだけの甘えん坊タイプ

誘導尋問と恣意的な解釈のコンボ攻撃ですね。「非現実的ですがこういう良い条件があったら受け入れますか?」と問うて「あり得ないと思うけど、そうなったら受け入れる」と答えたら「はい、アンタはお膳立てを待っているだけの甘えん坊タイプですね」ってそんなのおかしいでしょう。こんな論法が許されるならなんだって言えますよ。

  • 「あなたは車本当に要らないんですか?」
  • 「はい、不要ですね」
  • 「タダで新車くれるって言っても?」
    - 「まあ、タダなら貰いますけど」
  • 「ハイ、あんたはそうやってあり得ない事を待ち望み続けているという傾向がありますね」

とかね。アホかって話ですよ。

私が最も驚かされたのが、「結婚の必要性を感じない」という声。「メリットを感じない」「責任を負いたくない」「面倒くさい」などと、結婚そのものを真っ向から否定しています。
 彼らに共通していたのは、結婚のデメリットに対する強烈な拒否反応。友人や同僚などの失敗談を挙げて、「普通に考えれば、失う物のほうが大きいことが分かる」「だから僕は結婚しない」と自信満々に言うのです。
 しかし、彼らに「恋愛はしますよね? その相手を本気で好きになる可能性はないのですか?」と聞いたら、「恋愛はするし、本気で好きになることもあると思う」と素直に答えてくれました。さらに、「その相手から『結婚したい』と強く迫られたらどうしますか?」と聞いたら、「事実婚とか、結婚しなくていいように説得する」などと言うのです。すなわち、「結婚の必要性を感じない」と言っているアラフォー男性は、内心寂しがり屋で自己矛盾に気付いていないタイプ。

私が最も驚かされたのが、「結婚の必要性を感じない」という声

ここに作者の偏見が凝集されているように思います。良いじゃないですか、別に結婚しない人がいたって。未婚のまま人生を過ごす人は昔から一定数いたでしょう。現代社会ならなおの事です。

内心寂しがり屋で自己矛盾に気付いていないタイプ

「自己矛盾」というのは最初理解が出来ませんでした。その前段までの話では「恋愛はするけど結婚はしない」という話が展開されていますので、この点を指して矛盾と言っているのでしょう。つまり恋愛は最終的に必ず結婚に結び付くと考えていることがうかがえます。はっきりと古臭くて偏狭な感覚だと思いますね。だれかこの人を一度フランスに連れてってくれ。

全体を通じて、この筆者からは「人は皆結婚するのが自然であり、それが出来ないのは何か劣っているところがあるから」という固定観念があるのが伺えます。筆者である木村隆志氏は「恋愛・結婚・人間関係コンサルタント/コラムニスト」ということですが、人間関係や恋愛、結婚をコンサルする立場の人がこんなで仕事が出来るんでしょうか…。各コラムの内容を見るに相当な人々への聞き込みを行っているようですが、それだけ多くのサンプルに触れながら視野が広がらないというのは、なんというか…。良く言えばブレない人ということなんでしょうか。

読売新聞もこんな無茶苦茶な文章をよく載せる気になったものです。紙面で書かれてるかどうかまで確認してはいないですが、アクセス稼げれば良いとでも思ってるんでしょうか。

話しは変わりますが、ふとビジネスマナー講師を思い出しました。

ここからは私の経験上での話になりますが、私がこれまでであったビジネスマナー講師(と言っても3,4人程度だと思いますが)の方は全員が、言葉は丁寧なものの語気や表情はかなり高圧的で大変嫌な思いをしました。一緒に受講した人に聞いても同じような印象を持っていたみたいです。

研修内容そのものも疑問です。タクシーの前席後席、後席中央くらいの順序くらいならまだしも、お辞儀の角度とかノックの回数だとか、椅子に座るときの方向だとか、応接室の椅子のタイプと位置に応じた座る順序だとか、出されたお茶は飲むなだとか。周りの社会人に聞いても、年代問わず「はっきり覚えている」という人はほとんど居ませんし、覚えている人に聞いても「飲み会の上座、下座くらい気にしてればいいよ」という程度であることがほとんどです。私の経験上もこんなものが役に立った事は皆無です。

講習で学んだことが実際のビジネスで役に立たないのならば無駄だと思います。ビジネスマナー講習にもコストがかかっているのですから役に立つ講義をしてもらわないと困ります。私は相手に対して印象の良い喋り方や世辞の言い方、笑顔の作り方、丁寧な断り方なんかを丁寧に教えてもらった方がよっぽど役に立つと思います。

そういう諸々の思いがあるので私はビジネスマナー講師に対して悪い印象しかありません。高々3,4サンプルですが私にとってはそれが100%ですから。

で、「ビジネスマナー講師は大体上記に述べたような傾向がある」がもし真であるならば、なぜそのような傾向が生じるのだろうと考えたことがあります。ここからは仮定の上に仮定を重ねた想像の話になってしまいますが、以下のようなことを推測しました。

ビジネスマナーというのはつまり「社会人として覚えていて当然の事」を指します。ビジネスマナー講習というのはその「覚えていて当然の事」を人々に周知させる講習です。ですから必然的に講師役を日常的に勤めている人は「社会人未満の人に常識を教えてあげてる(実際に社会人未満であるかどうかは関係ない)」という感覚に陥りがちなのではないでしょうか。講習という閉鎖された空間の中で講師が言うことに異を唱える人は少なく(なぜならば新社会人や学生が対象になることがほとんどだから)、チェック機構も無いに等しいです。

チェック機構が無いので前述したように実際のビジネスと講習内容が乖離しても正すことができないため、どんどん「ビジネスマナー」のガラパゴス化が進んでいきます。こうして、役に立たない講習と高圧的な講師のセットが出来上がるのではないか…と思っています。

同じ構図が件の「恋愛・結婚・人間関係コンサルタント/コラムニスト」にも言えるのではないかと私は思いました。コンサルタントとあるので何らかのコンサルはしているのでしょう。結婚できない人たちが相談しにくる機会が多いのでしょう。すると世界は「結婚したいけど出来ない、普通未満の人」に尊い教えを説いているという構図になってしまうのでは。

当然のことながら、結婚したいけど出来ないという人の中には単純に運に恵まれなかっただけという人も沢山いるはず。だから何らかの能力が人より劣っているから結婚できないのだと一概にいう事はできません。また、冒頭で再三再四述べたようにそもそも結婚しなければいけない、結婚していることが自然という考え自体が世の中の潮流・文化とは著しくかけ離れていると思います。にもかかわらず、ある価値観を基準にして他人を現実逃避だの甘えん坊だの自己矛盾だのと断じるのはかなり腹の立つ行為ですね。

我々がこれらの事例から気を付けなければならないことは、絶対的な評価軸や基準、正解のないような問題に直面した時に「評価軸や基準、正解がないならまずそれを作ろう」とは思ってはいけないという事だとおもいます。