好きこそものの上手なれ

厚労省がニート向けに「キミはまだ本気出してないだけ」というWebサイトを公開したそうだ。

内容は「地域若者サポートステーション」を紹介するものだが、見てみるとデザインもかなり良く、堅苦しい雰囲気も無い。コンテンツが充実しているとは言えないが、「地域若者サポートステーション」を紹介する、知ってもらうという役割は十分に果たしていると思う。発注先の腕が良かったのだろう。製作した企業は調べても良くわからなかった。

さて、今回思ったのはこのサイトそのものではなくて「キミはまだ本気出してないだけ」というメッセージだ。

このメッセージの裏には「本気を出せば何でもできる」という激励が込められている。それはその通りだと私も思う。何か一つの事をがむしゃらにやり続ければ、いつかはその分野におけるトップの一人になるだろう。たまに、そこに努力だけではなくて才能とか地位とか生まれ持った何かが必要なことがあるが、普通の先進国に居住している限りは86%くらいは努力次第で何とかなると私は思っている。86%という数字が何処から来たのかはまた今度。

ちなみに、何かの記事でベンチャーキャピタルの偉い人も「成功している人たちに共通する部分というのは無いですね。強いて言えば、一つの分野をやり続けたということでしょうか」と言っていた。やっぱり私は努力次第、本気次第で人はどのようにもなれると思う。

しかしながら、その「本気出す」が出来る人間はごく少数であると思う。

マジの本気、本気度MAX120%みたいな状態を考えてみたい。人間が一番真剣になれる時は何か。私が思いつくのは、例えば短距離走などごく短い時間で勝敗が決まる試合、それも大きな大会の決勝戦みたいなときだと思う。あとは、たとえば戦場の兵士が突撃銃を構えて敵の塹壕に突進していくときなどだろうか。こういう瞬間、とくに後者なんかは自分の生死にも直結するような状況であるがためにたぶん副腎髄質からはアドレナリンがたくさん分泌されているだろう(※アドレナリンを分泌するのは脳でない)。
あとは、たとえばセンター試験や二次試験の真っ最中なんかにも、人間は100%本気で取り組む瞬間があるはずだ。

そういう本気というのはかなりのストレスがかかる。絶対長続きしない。センター試験だって午後科目になればダレてくるだろう。無理無理むりむり。かたつむり。いねむり。そらねむり。

結局本気出すっていうのは、この場合は集中すると同義で、かつ人間は四六時中集中することは出来ない仕組みになっているのだから本気出すのは一瞬ならまだしも継続的に出すのは無理である。

にもかかわらず、その事実を受け入れずに100%マジ本気、みたいなレベルの目標を打ち立てるから必然的にマジ本気になるのが難しくなり、「明日から本気出す」「来週から本気出す」「来月から本気出す」「来年から本気出す」「来世で本気出す」となりがちなのである。人間の限界を受け入れて「20%がんばる」「30%がんばる」という無難な目標にするべきなのだ。本来、目標とは達成を続けなければ自信につながっていかないので十分に達成可能なレベルで設定する必要がある。

では、冒頭で述べた「本気出せば何でもできる」「がむしゃらにやり続ければ」とは何だったのか。さっき本気出すのがそもそも無理と言ったじゃないか。と思われるかもしれないけど、なんのことはない、「がむしゃらにやり続けて成功した人」は普通の人が平均して20%程度くらいの本気度でしか継続して頑張れないのに、その人たちは40%くらいで継続して頑張れました、というだけの事だと思う。

そして重要なことは、その40%を維持するのはそこまで難しくないということだ。

例えば、寝食を忘れて何かをやり続けた経験はないだろうか。ドラマを見続けたとか、ゲームをやり続けたとか、小説を読み続けたとか。私は「シド・マイヤーズ アルファケンタウリ」と「Hearts of Iron 2」の二つはまさに寝食を忘れてやり続けた経験がある。こういうとき、人間は50%前後の集中力を保ち続けていると思う。なぜそれが可能なのかというと、単純に楽しい、面白い、好きだという気持ちが背中を押しているからだろう。

要は、その対象をエンターテイメントの消費以外の場面で発揮できればよい。ある程度その対象が好きで、楽しい、面白いと思えるのであれば、継続的に努力することは難しい事ではない。したがって、タイトルに書いた「好きこそものの上手なれ」にたどり着く。ああ長かった。

以前、私は「好きなものを仕事にするといずれ辛くなる。得意なことを仕事にすべき」と思っていた。だけど、よくよく考えてみると「好きこそものの上手なれ」理論に基づくと好きなものは大体得意なものになるから切り分けが出来ない。さらに、「好きこそものの上手なれ」理論を仕事という人生の一番長い時間を費やす行為であり、かつ、主の収入源となる分野で活かさないのは勿体ないとも思うようになった。

好きなことを仕事にすると、いつかそれをやるのが苦痛になるかもしれない。それはその通りだと思うが、多くの場合は対象そのものが苦痛なので無く対象そのものに集中できず、余計な雑務や政治、環境、人間関係などが嫌になることがほとんどであるので、そういうものを除去すれば苦痛にはならないと思う。

と、以上のようなことを思いました。