【質問#11】女性と便座について

質問・悩み相談の回答です。

質問

 こんにちは。
 くだらない質問なので、今までのように真剣(?)に回答せずに、ゆるーく回答いただければと思います。

 結婚して共同生活をするようになった際、洋式便器で立って小便をすると汚れるとのことで座って用を足して欲しいと嫁さんに言われました。立って小便をするのは基本的人権だと主張し、両者の言い分をよく揉んだ結果、『便座を上げて小便する』ということに落ち着きました。
 まあここまではいいのですが、私が用を足したあと便座を上げっぱなしにするのが気に入らないようで、その理由は『便座が上がっているのに気づかず、うっかり座ってしまいそうになる。』というものでした。
 ここで疑問が浮かびました。私は40年ほど生きていますが、ただの一度も便座が上がっているのに気づかず座ってしまいそうになったことはありません。同姓の友人に聞いてみても同様でした。ところが嫁さん曰わく『女性は便座が上がっているのに気づかず、うっかり座ってしまいそうになる』ことが有るそうなのです。

 『女性は何故便座が上がっていることに気づかないのか?』

 女性は大でも小でも便座は下げた状態で用を足し、さらに公共の女性用トイレの場合女性しか使わないため便座が常に下がった状態であることから、便座を上下する経験が不足しているため、便座が上がっていることに気づけない。というのが私の考えですが、withpopさんはどうお考えですか?

回答

『女性はなぜ便座が上がっていることに気付かないのか?』

この点に関しては、おっしゃる通り、「ほとんどの女性は常に便座は下がっている事が前提となっている」ことが理由であると私も思います。ただし、この問題は非常に根が深く、それのみにおいて回答を終わらせるにはあまりにも乱暴と言えます。以下、その複雑な背景に関する私の解釈をご説明したいと思います。

一言で言えば、結婚が悪いです。

考えてもみてください。生育歴の全く異なる二人が居を一として同じ飯を食い、同じ床に寝るのです。互いの異なる生活習慣を一つの場所で同時に行うのです。問題が発生しないわけがありません。

男が一人で生活するような環境下では便座は上がったり下がったりしていることが多いでしょう。つまり、小便をするときは便座を上げるが、閉じることはしない。一方で、大便をするときは便座を下げるが、事が終わった後に再度便座を上げることはせず、そのままにしておくということです。

普段、無意識に行っているこの行動(便座を上げたり閉じたり)は実は非常に合理的で、なぜかというと人間は大便をするよりも小便をする回数の方が概して多く、すると便座を上げたままにしておくという行為は次回小便に望んだ時に便座を上げる必要が無いのです。では下痢のときはどうでしょうか。下痢で頻繁に便所に向かう時であっても、大便が終了したら便座を上げるということは行わないので、これもまた便座を上げ下げする行為が省略でき、効率化につながります。つまり、小便が多いときも、大便が多いときも、理にかなった行動と言えます。

質問者が述べておられる「便座を下げたまま放尿」というメソッドはこの究極の形とも言えます。そしてまた、「基本的人権」とおっしゃっているのは、この作業効率化によって時間的余裕を作り、より人生を豊かなものにしようとする幸福追求権の行使と解釈できるということを指していると考えられ、それは全くその通りであると思います。

しかしながら、一方で女性の立場で見ると、便座の上げ下げというのは男性向けの機能であるから全く不要であって、便座が上がっているとおろすという手間がかかる、さらには便座が上がっている状態で男が小便をすると汚れる、便座を上げることは百害あって一利なしという結論に行きつくのであり、それを辞めさせようと努力するのもまた、幸福追求権の行使と解釈できます。

つまり憲法によって保障された行為でありながらお互いがそれを追求すると同時に幸福を達成できないという状況が問題なのであります。ですから、そこは双方が妥協するしかありません。奥様があれこれとお願いをしてくるのはその妥結点をさらに移動させようとする試みと解釈できます。

このあたりはベストな回答というのは無いと思いますが、一般的には互いがおおらかな気持ちで認め合うことが大切ということがよく言われます。

サンテグジュペリ曰く、「愛するとは互いに見つめあう事でなく、同じ方向を見ること」だそうです。この言葉は愛するとは互いの美しさを確認し合うことではなくして、同じ目標を見つめ、手を取り合って生きていくべきであるというメッセージだと一般的には解釈できますが、私は単に「あんまり細かいところを見ると嫌になってくるからやめろ」という程度のメッセージだったのではと思います。

さて、話をさらにもう一歩進め、次は理想の結婚状態とはどのようなものかというのを考えてみたいと思います。私は、理想の結婚とはお互いの関係が良好な状態で、生活は半別居状態であるのが最善と考えます。

私がインド、Jaipurにあるアンベール城に観光しに行ったときの話です。ガイドが次のような話をしてくれました。

「あそこが王様の部屋でした。そして、二階の王様の部屋から、13人のお妃の部屋に対して、それぞれ秘密の通路がありました。王様は毎晩13人の中から一人を選び、秘密の通路を通って会いに行き、夜を共にしていました。すると、それぞれのお妃は誰が王様と寝たのかということを知ることが出来ません。嫉妬が生まれることはありませんでした。王様と13人のお妃の関係は常に良好だったと言われています」

私はこれを聞き、なーるほど、と思いました。非常に合理的なシステムです。生育歴が違う二人が結婚しても問題が出るのに、生育歴が違うどころか一人の王様を中心とする13人のお妃が良好な関係を保ちつつ生活していけたのは、互いに明確に生活空間を分けて必要以上に干渉することがなかったからでしょう。

これを現代日本に当てはめると、一夫多妻制ではないので秘密の通路は不要だとしても、生活を明確に区別する空間があればよいという事になります。すなわち、問題が発生しやすい風呂・トイレ・洗面台・キッチン・冷蔵庫・テレビ・寝床あたりの一切を分割する。最も簡単なのがマンションであれば隣り合う二部屋を契約する、戸建であれば二世帯住居と同等の構造にする、というのが良いですね。

もっとも、住居費は倍かかることになりますが、便座の上げ下げに伴う作業効率の向上が男性側と女性側の双方で両立するがために、結果として余暇が大きくなり、プライベートが充実、豊かな人生を送ることになり、ひいてはその精神的余裕と自信が仕事でのパフォーマンスにも好影響を及ぼし、最終的には夫婦合わせて年収5000万台という状況を形成するのも難しくないので大きな問題にはなりません。

以上、便座の上げ下げを幸福追求権の行使という観点で考えてみました。もう一点、まったく別の予想があります。それは、「女性はパカパカするものが開いているという状態を本質的に嫌う」という予想です。

例えば私がこれを書くためにノートPCを開くのですが、するとうちの嫁さんは「そんなものやらずに子供と遊んでよ!!!」と怒ります。また、出かける前に化粧をするわけですが、コンパクトの中にある鏡をゴルゴ13みたいな目でにらみつけながらファンデーションやマスカラを塗ったりしています。また、当然のことながら便器に関しても我が家ですと便座どころか便座を覆うフタまで毎回上げ下げすることを要求されます。そういえば、二つ折りの携帯でメールを打っている時も難しい顔をして画面を睨みつけていました。

この予想が正しいかどうかは心理学者、脳科学者等の専門的な判断にゆだねたいと思います。