人でなくなった夢

今朝見た夢。

自分は人でなくなった。人界から隔絶された世界で永遠に生きなくてはならない。今は人と話すこともできるが、そのうちに会話もできなくなる。そうすると私は幽霊のように人々の生活を眺めるしかできなくなる。

そうなる前に、人間界に別れを告げなくてはならない。私は同窓会に出席して古い友達に別れを告げた。が、すでに何人かとは会話が成立しなくなっていた。その後に会社同僚に挨拶をした。これも、何人かはすでに私のことが見えていないようであった。古い友人や同僚は総じて素っ気ない反応だった。いつも行くバイク屋のおっちゃん(現実には存在しない)にも挨拶する。おっちゃんは涙を流し、寂しいだろうが、頑張るんだぞという旨を伝えて握手してくれた。親しいと思っていた人がそっけなく、対しておっちゃんのような人が涙を流してくれるということになんだか切なくなった。

その後で、大仕事が任せられた。私は中国の軍高官だか極右の政治家だかを暗殺せねばならないことになっている。誰から言われたのかはよく覚えていないが、そういうことになっていた。コミンテルンがどうとか、中国共産党がどうとか、世界大戦を回避するためだとか、そんなことを言われたのはなんとなく覚えている。私はいずれ完全に人でなくなるので、私が暗殺者としての適任だそうだ。

私は小銃をそのおっさんに向けると、おっさんは「お前が来るのも私が死ぬのもすでにわかっていたことだ。覚悟はできているからすぐに撃て」と言う。私は遠慮なく側頭部を4発打ち抜き、動かなくなったおっさんをカバーにつつみ、車に乗せて圏央道から関越道に乗り換え、長野の山中に捨てた。不思議と、血は出ていなかった。

80kgはあろうかというおっさんを一人で担ぎ上げ、一人で山中に穴を掘り、埋める作業を軽々と行えるようになったのも、人間としての終わりが近づいているからだろう。私の身はおっさんを担いだ時も羽のように軽々と感じられた。

そのころから、私の生活には一人仲間がいた。見た目は首長竜にそっくりだが漫画的なタッチでぬいぐるみのような外見だ。のび太の恐竜に出てきたフタバスズキリュウに似ている。彼が「家族がいるのだから、最後に家族には別れを告げたほうがいい」としきりに言う。ただ私は気が進まなかった。私が人でなくなったことを家族は知らない。私は突然に姿を消し、会社をクビになり、ローンも払えなくなって家族は家を追い出された。私はその元凶としてのみ認識されているだろう。

妻と二人の娘は、今は秋田の私の実家に住んでいる。妻の実家に帰るのが普通と思うが、そのあたりの事情はわからなかった。妻の実家には弟夫婦が住んでいるから居づらかったのかもしれない。かといって、私の実家という選択になるのは違和感があるが。ともかく、そういう窮屈な思いをさせて申し訳ないと普通は考えるだろう。しかし私はなぜか思わなかった。私の心までもが人間とは少しずつ違ってきていたのかもしれない。

実家に行くと、家族は誰も私のことが見えていないようであった。ただ、不思議なことに私の母は私のぶんの食事まで用意してくれていた。特に会話があったわけではない。ただ、私がいつも座っていた場所に食事を置き、私の箸を添えただけだ。私はそれを食べた。子供の頃を思い出した。マウンテンバイクで稲刈りが終わったあとの田んぼに行き、凧揚げをする。田んぼの土が霜で盛り上がっているのを踏みしめ、冬の足音が着々と近づいているのを感じる。ついに雪が降ってきて、寝転がって雪が降り落ちてくる空を見つめると自分が空へ登っていくような錯覚に陥いる。そして今、今度こそ実際に空へと帰らなければならない。

子供の頃に戻りたかった。

人でなくなったものは玄関からは出てはいけないことになっている。だから私が居間の窓から外に出ようとすると、長女がそれに気づいた。「どこへ行くの?」と問われ、私は「遠くに行くけど、また来年になったら会いに来るよ」と言った。しかしその時にはすでに私のことはわからなくなっているだろう。妻は私が見えていないのか、見えているが意図的に無視しているのか、テレビを見たまま視線を移さなかった。

私は仲間の首長竜とともに実家のそばにある山へ向かった。ひと蹴りで田を一反分も二反分も飛び越え、雪が積もり積もった山中を軽々と進んでいくことができた。ついに人でなくなったのだなと思った。

山を飛び越えると秋田から宮城へとたどり着く。空から見下ろすと、ダムのそばを通る国道で大きなバンが雪道でスタックして渋滞になっているのが見えた。かつて人間だった時には何度も通った道だが、私はもう車に乗ることもできない。あの渋滞に巻き込まれることがどれだけ幸せだったのか、失ってから初めて知った。大体、人生の大事なものは失ってから初めてそれが大事であったということに気づく。そんなことの繰り返しだ。