【補足】私が会社を辞めるのを決断した10個の理由

先の記事に結構反応があったので、書ききれなかった思いを付け足してみる。

私が会社を辞めるのを決断した10個の理由

残業代とホワイトカラーエグゼンプション

先の記事で述べたように、私は、賃金こそが唯一信用に足る従業員評価の尺度であり、であるからこそ、残業を多くした人ほど多い賃金を貰う(=評価される)のはおかしいと述べた。

わが社は「ワークライフバランスの推進」の号令のもと、残業をしないで早く帰るようにという活動が非常に活発である。しかし実際はどうかというと、推進している部門はただ「早く帰れ」と連呼するだけで何ら具体的な施策を打たないし、実際仕事が減るわけでもないので皆「早く帰れって言われても帰れないよねー」などと言いながら仕事をしている。

実効性のある施策を打たずにただ「早く帰れ」と言うのも問題であるが、本当の問題の本質は「早く帰れないよねー」と言いながら仕事をするところに根付いていると私は思う。

例えばもし、わが社がサービス残業を強力に推進しており、「労基法?なにそれ?守ってるやついんの?」という舐めた態度で従業員を働かせている会社だったとしよう。そんな中で「早く帰れ」という上司からの指示があったらどうだろうか?私は絶対皆さっさと帰ると思う。だって残ってても金貰えないんだもん。

つまり、「残業はしょうがないよねー」と思える根底には「残業してても残業代は出るから、まあ嫌だけど、うーん、スケジュール遅らせるわけにも行かないし、しょうがないっていうか。でも残業代出るってのが唯一のモチベーション保てる要因ではあるよね」みたいなあいまいな気持ちが根付いているはずだと言うのが私の意見だ。

であるから、「取ってきた仕事をデスマーチに陥ることなく無駄なくてきぱきとこなして定時に帰る優秀な人」に優秀な評価(=相応の報酬)を与えるためにはそもそも残業代が出ると言う制度そのものが障害になっていると思う。

例えば私の会社などでは、「300時間残業しちったよー、給与明細見たら1か月でボーナス以上の手取りがあったよー」とか嬉々とした顔で、いや、マジつれーんだって、などと言いつつ(でも懐は温かいんですよねー、お前も俺くらい働いて見せろよ)みたいな心の声をささやいてくる人がたまにいる。で、私はこういう人よりも「定時でちゃちゃっと帰る優秀な人」の方が偉いと思うので、これを超える額の給与を毎月支払ったらいいと思うのだけど、現実問題、毎月一般社員のボーナスよりも多い額を支払うのはしんどいだろう。だから、やっぱり残業代を支払わない、もしくは支払額の上限を定める、みたいな措置は必要になってくると思う。

しかしながら残業した分だけ割増賃金を払いなさいというのは労基法で定められているので、残業代を支払わないと労働監査局がすっ飛んできて経営者が怒られ、そういう事を度々繰り返すと営業停止命令が来たり刑事告訴されたりして会社はつぶれる。ダメじゃん。

であれば法律を変えるしかない。それがホワイトカラーエグゼンプションであったのだと私は認識している。結局、これは話が出てくるたびに「名ばかり管理職を量産させたうえでサービス残業を横行させることが出来てしまう」と批判を浴びていて中々実現しない。

そもそもあらゆる法案はその法案によって解決したい問題があるのであって、それを解決するためにはどのような法制度を整えなければならないのか議論をするというのが建設的であると思うんだけど、マスコミや野党は大体「いかにその法案が駄目か」という指摘のみに終始し、「だから廃案にしろ」という方向に持っていく。法案にダメな部分があるならそれを正して本来の課題を解決するために支障が無いようにする、と言うのが正しいと思うのだが…。

ちなみに重ね重ね言っておくが、私はサービス残業を推進しているわけではないし、法律なんか守らなくてもいいよと言ってるわけでもない。「与えられた仕事を短い時間でこなす生産性の高い人に高い報酬を与えるにはどうすればいいか」を考えているだけだ。

価値観の違い

考えてみると、これも大きい。私は仕事を期限内に仕上げて計画的に有給を取得する人間のほうが毎日遅くまで残業している人間よりも偉いと思うのだが、そういう評価はされない。

私は今後の世界はプログラマが引っ張っていくようになるだろうと考えている。人工知能、マシンラーニング、統計分析など、そういう特殊なスキルとプログラミングの両方に秀でた人間がビジネスの場面で活躍する世界がやっていくはずだと思っている。そして今後の世界で活躍できる人というのは、それらを「勉強」と思わず勉強できることが必須の条件になると思う。

しかし社内に同じような考えの人はほぼ居ない。皆プログラミングは通過儀礼で苦痛な行為だと思っている。年をとったら「マネジメント」という、人に仕事を割り当てて管理してるんだか管理していないんだが、金勘定しかしていないんじゃないかと思われるような仕事をするのが正義だとされる。就業時間内に新聞を広げて読み、女子社員にコーヒーを入れさせる管理職が居たが、今時こんな人間に高給を支払う会社がよくあるものだと感心する。

多くの社員はSEはプログラマからスタートして経験を積むにつれて上流工程を担当するのが偉いと考えている。ソフトを作ったことがない人が真顔で「私にソフトの話をされても困る」と文句を垂れつつソフトウェア開発プロジェクトのリーダーをやっているのに、誰もおかしいと思っていない。情報処理分野の修士過程を卒業してきた新人が理解するのはfor, if, whileの制御構造だけで、それ以上のことは先輩が1から10まですべて教えてくれるのが当然だと思っている。就業時間外にプログラミングをするなどもっての外だという。そのくせ言うことは大きく、専門誌で記事を書きたいなどと言っているが、いったいどの専門誌でfor, if, whileの制御構造を書かせてくれるのだろう。

こういった人間たちがなぜわざわざソフト開発を行う会社に入社したのか私は本当に理解に苦しむ。

従業員満足度の向上と雇用の流動化

結局先の記事の内容を一言でまとめてしまうと、我が社は「従業員満足度の向上」を軽視していた(と私は感じた)ということだ。我が社は本社業務をサポートすること、コンプライアンスを守ること、本社規定に厳密に沿った仕事をすることに全力を注ぐ。

日本は資本主義経済なので、一応は競争原理が働いているがそれは顧客側の視点にたった時の話だ。労働者側の視点に立った時、いわゆるブラック企業が早々に滅び、ホワイト企業が栄えるという構図にはなっていない。なぜか。

日本社会は雇用が流動的でないからである。新卒採用主義で学卒の従業員を確保して自社色に染め上げていくのを正とする。解雇要件を厳しくする。転職を繰り返すのはあまり良くないことだという文化があり、反対に石の上にも三年と、いかなる理由があろうと最低限数年は勤めてみろよという考えの人もいる。流動的でないと労働者はより良い職場環境を求めて転職するという当然の行為をしにくくなる。

文化の側面は置いといても、解雇要件は労基法なのでいかんともしがたい。例えば解雇要件がもっと緩和されれば、企業は生産性が低い社員、例えば前述の新聞を広げて偉そうにふんぞり返っているだけの社員を切り捨てて、その金で将来有望な若者数人を雇うこともできるのだろうが、そういうことを気軽に行えるような法制度には現状ではなっていない。

解雇要件が緩和されれば雇用がもっと流動的になる。流動的になれば労働者はより良い職場環境を求めて転職するようになる。すると企業は優秀な人材を確保するために職場環境を良くして従業員満足度の向上に勤めなければならない。良い職場環境で働くことができれば従業員のパフォーマンスも上がるだろう。

であるから、ホワイトカラーエグゼンプションとセットで解雇要件の緩和も議論しなければならないが、これも本来解決したかった問題に対する正しい議論はあまり見られないように思う。

 

なんだか私の思想を説明するかのような記事になってしまったが、ざっくり言えば以上のような感じである。

会社と従業員と社会が最も幸せな形があって、その理想形に近い環境で働きたいと私は思っているだけだ。その点ではほとんどの人に同意していただけると思う。まあ、別に同意を求めるための記事ではないが。