withpopの自己紹介

私は自分の事を喋るのが大好きなのだが、その割に本ブログで自己紹介を一度も書いたことが無かったので書いてみる。私がいかにクズであるかが伝わりましたら幸いでございます。

生育歴

秋田県南部に生まれる。実家は農家。日々モグラやヘビの掘った穴を穿り回すことでグラフ理論に目覚めて情報工学を勉強することを志す。小学中学といじめられっ子ではなかったがいじめられる事がままあった(それをいじめられっ子と呼ぶのかもしれないが私は認めない)。

日々私をいじめていたいじめっ子がおり、私はこのままだと一生いじめられると思ったので、小学4年生のときだったか、そのいじめっ子に泣きながら殴る、蹴るを繰り返し、彼が逃げるのを家の中まで追いかけ、土足で廊下をわたり、つばを吐きかけて帰った。帰り際、おばあちゃんが「コラァ!!!」と窓から顔を出して凄んできた。

私は思った。私は日々いじめを耐えてきた。これは現状を打破するための唯一の方法であり、かつ正当な報復だ。それをば、なんですか?事情をこれっぽっちも知らない第三者が「うちの子に手を出すな!」みたいな被害者面をするのですか?私が悪いガキですか?ありえないね。私はおばあちゃんの顔をじっと見つめた。サル山のボス猿が外敵に凄むような顔をしていた。敵意を四方八方に発散させていた。そのおばあちゃんの敵意の目つきをじっと観察し、そしてこの時私はこの世には神も仏もおらず、正義が何もせずに勝利することはなく、道徳を守っていれば人からも優しくされるというのも誤りであって、全ては自分で戦い勝ち取らなければならないということを知った。

私はとても執念深いので大人になった今も、そのいじめてた奴ら/舐めてた奴らと常識的に接するふりして「今に見とけよこのポンコツが」と心の中で怒りをにじませている。

私の夢は金を稼ぎまくってポルシェ918スパイダーに乗り、それをSNSで自慢しまくり、彼らがその恩恵にあずかろうとすり寄ってきたときにポルシェに乗ったまま札束で彼らの顔を叩いて去っていくことである。この叩く、は、ペチペチといった類のものではなくてビンタ以上傷害事件未満の強度である。それで私の復讐は完了する。復讐が完了したらポルシェとかいうナルシストが乗りそうな車は売って山奥に家を買い、軽トラと中古のVOLVOで生活する。孫とモグラの穴を棒でほじくり回す。

この、「SNSで裕福であることを自慢したら、過去私をいじめてきた奴らは浅ましいから必ずすり寄ってくる」という決めつけが私の傲慢さを表すとともに、いかに歪な性格であるかを物語っている。

また、大体いじめてた側は大人になったら全部水に流れてなかったことになってるという風に思っているのだろうが全然そんなことは無く、私は生涯恨み続けるし、たとえ志半ばで死んだとして化けて出てやる。気が狂うまでポルターガイストしてやろうとおもう。

私は馬鹿にされるのはそこそこだが、舐められるのだけは我慢ならない。いじめられるというのはつまり舐められているという事であり、その報いをいつか与えてやろうと思う。常々思う。それだけを目的に日々生きてる。

話しを戻し中学の終わりに中古のNEC PC-9821 Xa13を買い、ついにPCデビュー。当時からWebサイトを作りまくった。ひどい代物だった。3DCGアニメーションもやっていた。あんなスペックのPCでよくやったもんだと思う。

その他、小学~中学で良かった思い出と言えば理科の得点だけがいつも勉強しなくとも好成績だったくらいである。

高校は常時絵を描いていた。ペンタブを買ってGIMPで絵を描きまくった。当時流行ったお絵かき掲示板とかに投稿しまくった。あと、THE MAD CAPSULE MARKETSというバンドにハマりまくってCDを買いあさった。映画を撮ったり友達と曲を作ったりした。

将来は「まー公務員でもやればいいっしょ」程度に思っていたが、高校2年の時に公務員の倍率が100倍を超えているのを見て愕然とした(当時はまだ平成大不況とか言われていて先行き不安が強かったピークの時期だと記憶)。私の高校は偏差値40とかそういう感じで、同級生は九九や正負の計算が出来なかったり、「ヨーロッパの首都はロンドン」などというナイスガイばかりだった。女の子は「塗装工の先輩が運転するホンダS-MXに乗る」ことがステータスだった。ここに至って私は初めて危機感を覚え、こんな学校出ても公務員試験絶対受からねえだろ。と思った。で、本校の就職状況を調べたら地元の電子部品製造工場やパン屋、関東圏のスーパー、看護系の短大、だという感じで冷や汗が流れた。

別にパン屋や工場に就職するのが悪いわけではない。世の中にそういう職業は必要だろう。俺だってパンを食うし工業製品を買う。それはその人達がいるから成り立ってる。しかし、私ともあろう秀才がそのような職業に就くというのはあり得ないと思っていた。このあたりの思想も、九九が出来ないGuysと一緒になって遊んでいたような人間が言えるようなことではないし、そもそも職業によって優劣をつけると言うのはあからさまな偏見であるのに、それを何ら悪びれることなく直感的に思うあたり、道徳的にも腐った人間であると言える。さらに言えば日本高い技術というのは機械加工などの高いレベルの要素技術に基づいて成り立っているという事実を知らないあたりも不勉強であって井の中の蛙大海を知らずクソして寝ろボケ、みたいな感じだと思う。

ただ(私にとって)幸いなことに、「うちの高校から国公立4年制大学進学者を出す」と熱意に燃えた先生が一人いて、その人の指導もあり、高校2年から文系から理系に転向(もともと理系だと認識していたのだが、公務員を目指すなら文系にしろと指示されてそうなった)し、大学進学を目指すことに相成った。「三角関数って何?」というレベルから1年で国公立大進学が目標。なぜ国公立か。それは単に金が無かったからである。私は減免制度を使い今の娘の幼稚園に払う金額以下の学費で大学に通っていた。

話しを受験勉強に戻す。その熱血先生の指導たるやものすごく、怒鳴ることはしょっちゅうで辞書の角で人を殴ったりするとんでもない人だった。しかし教えるのは非常にうまく、先生が教える英語のおかげで英語に関してはめきめきと上達した。でもその先生は熱血だったくせに進学のための指導を始めてから半年もせずに自ら希望を出して異動となった。理解できない。マジウケるんですけど。いや、ウケない。ヤバい。

それでもまた幸いなことに、別のいつも下ネタを言う先生がいて、その人が化学を教えるのがとてもうまく、化学でも得点が稼げるようになった。数学もそれなりに解けるようになり、微積や行列までなんとか詰め込んだ。工学部だから出来れば化学でなくて物理が良いんだけど、そういう高校であるからそもそも進学に対応できる先生が居なかったのである。

色々あって結果的に地方の公立大に滑り込んだ。良かった。そのころは彼女も居て最高の気分だった。彼女と私は生徒会で一緒になり、一緒に活動をつづけるうち、そのまま意気投合して付き合ったのだった。彼女は私が絵を描いたり映画を撮ったり、人にできないことをするあたりが好きになったそうだ。私は単に見た目がかわいいから好きだった。一緒に学園祭を企画した。私は映画を撮った。彼女と一緒に大学に受かろうと日々図書室で勉強していた。良い日々だった。合格発表の当日、私は先生から借りたPCを図書室に持ち込み、彼女とそれを見た。合格者受験番号の一覧が書かれたリンクをクリックすると404エラーだった。404番だけ合格ってこと?そんなはずはない。リンクアドレスを見るとスラッシュが重複している上に末尾が.hmtlになっていた(当時はまだ静的なhtmlファイルを利用しているWebサイトがほとんどだった)。運営側も焦りすぎだ。手動でURLを直して再度アクセスすると合格していた。私は彼女と抱き合って喜び、そのころが10代の人生で最高の瞬間だった。

彼女は志望校に全部落ちた。彼女は東京の何かの養成学校に通った。二人は「若いんだし遠距離するよりお互い楽しんだ方が良い」という結論になった。別れた。アーメン。私は泣いた。そのせいでレポートを出すのを忘れた。でもその人は結婚して子供を産み幸せに暮らしているので結果オーライだと思う。

大学に入ってからはまた次の彼女もできて一人暮らしで好き放題やったる、と思っていたが、そんなことは無かった。工学部に女がいるわけねーし、田舎だったので近くに他の大学も無かった。そもそも高校で物理を履修していないのに工学部に入るとか舐めたことをしているために勉強に全然付いていけず単位を落としまくった。このままでは留年確実、留年したら俺は死ぬると思った。もとい、留年したら死のうと思った。これは本気だった。私が人生の中でマジで死のうと思ったのはこの時だけだった。でも死にたくないので必死になって勉強した。結果、苦手科目もほとんど優・良で取れたのでよかった。でも長い目で見たら良くなかったかもしれない。これは後述。

まあ、もともと理科は得意だったし何とかなるもんだと言う感想を持った。それと引き換えに高校の友達からは「お前は本当につまらなくなった」と言われた。いや、俺は今でも面白いと思う。面白いと思うジャンルが変わっただけだ。多分。

そいで、研究室配属してからようやく当初の目的であったグラフ理論や情報工学、計算機科学などを勉強できたのであり、コードを書きまくり、論文を読みまくりまクリスティだった。ラクリマクリスティは良くネタにされるが果たして何人の人が彼らの曲を真面目に聞いたことがあるのだろうかと疑問に思う。

で、この今まで「頑張ってきて何とかなった」と言うのが私がクソである最高の原因となっている。なぜか。努力して目的を達成したことは素晴らしい事ではないか。何がアカンのか。と、お思いになるでしょう。思わないですか?思ってください。思わないと先に進めませんから。思いましたね。

じゃあ何故かと申しますと、私は根源的には自分はアホで馬鹿だと思っているのです。人より劣っているからいじめられたのです。これは生物の、自然の摂理であります。私の実家では合鴨やニワトリなどの家畜が居ましたし、個人では熱帯魚を飼ったりハムスターを飼ったりしていましたが、大きい個体が小さな個体をいじめるのは常でございます。これが自然なのです。力や能力で劣っているからいじめられるのです。

そういう弱い個体の私ですら出来ることを他の優秀な人間ができないわけがない、あり得ない。私はこう考えます。私が出来るのに彼らに出来ないのはさぼっているからだと思うのです。だから私は自分より能力が低い人を認められません。そういう人をさぼり癖のある怠惰なクソ野郎だと思います。

だから私は管理職には絶対になりません。私が管理職になったら毎日叱責を繰り返すでしょう。そしたら部下は全員辞めるでしょう。だから管理職になるのはアカンです。アカンから今のうちから「そろそろマネジメントの勉強を始めてちょんまげ」と職場で指示されることがありますが、私はもうどっこいどすこい、プラカードを掲げてシュプレヒコールをあげる勢いで断固拒否しています。それが私の空っぽの道徳タンクの底にこびりついた最後の良心であるからです。嘘です。それすら嘘です。息を吸うように嘘をつけるのが私です。本当は大量の部下が辞めたら私もクビになるからというのがダメな理由で、あくまでも自分が損するからです。

そうそう、就職の経緯はすっ飛ばしましたが一応述べると、私は東京に出る気はありませんでした。田舎が好きだからです。ジャスコとイオンが好きです。それでも東京に出ようと思ったのはその時付き合っていた彼女、現嫁さんが「東京に行けばいいじゃん」と言ったからでした。あとは、やっぱり地方に情報関係だといい仕事が無かったから。

かくして私は東京の会社に就職し、そこで持ち前のクソっぷりを遺憾なく発揮し、「Javaはダメだ」「ラムダ式も高階関数も使えないJavaは糞だ」「Java8のStreamも書き方が冗長で解決になってないからダメだ」と否定的なことばかり述べ周りのモチベーションを削ぎまくっています。

また、私はチームワークと言うのが良くわかりません。私が今まで見たチームワークなる存在は「出来る人間1〜3人に他全員が全力でぶら下がる」という構図であって、それは本来の意味でのチームワークではないと思います。学生時代はもちろん、就職してからも私は誰かに助けてもらったことは無く、ますますチームワークというものは1atm24.8Lの理想気体、ないし、計算機科学の証明で使う神託機械みたいなもんで実際には無い空想上の概念なんだと思うようになりました。

リーダークラスの人は私をプロジェクトに引きこもうと必死になって説得してきます。「こいつがいれば何とかしてくれるだろう」と思っているからです。人はそれを「信頼」とか言って美談に仕立てようとしますが、とんでもない。自分が楽するために誰かに仕事を依頼したいだけなのです。私が「こいつがいれば何とかしてくれるだろう」と思われる程度に成長するまで、どのくらい頑張ったか、日々どのくらい精神をすり減らしてクソみたいな仕事に取り組んでいるか想像できてないのです。想像力の欠如は馬鹿の始まりです。そういう感じで、私は会社の中ではいつも一人だと思ってます。

だからますます自分一人で困難に立ち向かい、それをクリアするうちに自信だけがどんどん冗長し、逆に他人は信頼できないと思うようになりました。あいつは俺が苦しいときに助けてくれなかった。でも俺はあいつが苦しいときに助けることを強要される。それがチームワークという名の苦行である。足かせである。だったらチームなんてクソくらえじゃ、俺は一人で仕事する。そう思っている。そういう人間が一般的な社会生活を営めるわけがなく、で、あるからこそ、私は早期に退職して起業、一人だけでWebサービスを展開という仕事をしなければならないという意識があります。

また、真逆の事を言うようですが、同時に先進的なベンチャーに入社してプログラムがものすっごい出来る人たちと一緒に働いてみたいとも思います。私は私の人生のうちで私よりもプログラミングが出来る人にほとんど出会ったことがありません。今のところ研究室の先生方くらいじゃないかと思っています。もちろんそれは井の中の蛙大海を知らずということは承知していますが、だからこそ、大海を泳いでみたいと思うのです。

しかしながら同時に、そういう環境に身を置くと私はチームワークのぶら下がる側になってしまうのではないか、そしたら皆に迷惑をかけてしまうのではないかという危惧もあり、なまじそのウザさを知っているのでそういうところでかなり転職は気おくれする。

でもその一方で現在の職場でも威張りくさるという点で迷惑をかけており、結局人間は生きる限り誰かに迷惑をかけ続けるのであって、それから根本的に逃れるのは死ぬしかなく、でも死にたくないから出来る限り迷惑の少ないほうに身を寄せて「スンマセン、スンマセン」とうそぶきながら生きていくのかもしれない。そうやって人生駅のホームのイエローラインぎりぎりのところを歩いていたところ偶発的にスマホを見ながら歩いてきた巨漢に衝突、線路に落ちて列車にひかれ死亡、相互乗り入れ路線すべての遅延へと波及し、「死にたいんなら人に迷惑かけずに死ねよな、ボケ」などと1万人くらいの人がイライラをTwitterで吐き出し、私の魂はHTTP通信によって世界中に波及して痴態をさらすことになるのだからホント人生は地獄だぜ。神も仏もおらず、居るのはスマホ見ながら歩いてるやつか、音楽大音量で聞きながら歩いている奴か、駅員や店員に当たり散らしてるジジババか、しょーもないことに対して常々怒り狂って愚痴言ってる主婦程度のもんである。

そういうもろもろの考えが私の性格をゆがめ、どうしようもない根性のクソ山ゲロ太郎みたいな人間になった。どこで間違ってしまったのか…。一つ一つの事象を見れば大きく間違ってはいないはずだ。

趣味

カメラ、DIY全般、日曜大工、電子工作、プログラミング、絵を描く、文章を書く、3DCG、ドライブ、車いじり、アクアリウムあたり

家族

妻、長女、次女の4人家族。私は農家の3人兄弟の次男。

仕事

プログラムを書く

政治思想

私が得する政策は歓迎、損する政策は大反対

好きな漫画

闇金ウシジマくん、ザ ワールド イズ マイン、黒田硫黄全般、大友克弘全般、士郎正宗全般、ボンボン坂高校演劇部

好きな音楽

omodaka, 電気グルーヴ、ケン・イシイ、くるり、平沢進

好きな映画

2001年宇宙の旅、ビューティフルマインド、Trainspotting、千と千尋の神隠し

好きな言語

Scala, C#, Python

人生の目標

金持ちになって札束で傷害事件スレスレのビンタ