最強のプログラマに必要な十六本木ヒルズ

最近ちょっと思っていることを書く。最初に言っておくが(タイトルから分かるように)真面目な記事ではない。

最強のプログラマになるための必要条件の一つは「十分な時間があること」だと思う。

最強ってなんだよとか、プログラマって誰のどういう職業の事を言っているんだよ、というもろもろの言いたいことはあるだろうが、まあその「最強のプログラマ」の語感からなんとなく察してほしい。私もはっきりと定義できない。ただもうちょっと具体的に言えば、積極的にOSS活動に参加していて発信力があって、なにかのプロジェクトの中で中心人物になっていて、かつ、そのようなプロジェクトの成果物が全世界で使われているような。もしくは、ごく少数のメンバーで世界中の人が使うようなサービスを構築してしまうような人。

で、「時間が必要」だと思うようになったきっかけは以下の記事。

今年の未踏は面白かった

もうひとつ残念だったのは、竹内先生や神島さんが、Apply.lyの価値を全く理解されていなかったことだ。彼らは「"中学生が作った"から凄いんでしょ?」と最後まで思い込んでた。

それは違うとハッキリ言っておく。
完璧に間違っている。

「中学生でなければ作れない」から凄いのだ。(中略)

16歳の僕は、間違いなく国内の3Dプログラミングでは大人に負けない実力があると確信していた。
でも周囲の愚かな大人はそれを理解できていなかった。知らないからだ。
3Dプログラミングの必要性も、その魅力も、それをやるためにどれだけ労力がかかるかも。(中略)

僕が凄い高校生だったわけではない。高校生が凄くプログラミングをしてただけだ。特にそのライブラリは、中学の三年間全てと高校一年間がかかった。四年がかりで執念深くプログラミングすれば、大人顔負けのものができて当たり前だ。特別なことはなにもないのだ。

その他、私の大学時代の教授がこんなことを言っていた。その人は某電機メーカーでアンテナの研究をしていた人だった。その人がまた別の某メーカーで新型炉の研究をしていた人との会話内容。

「何かの分野で一流になるのは簡単だよね。毎日毎日それだけに没頭していれば必ずなれる」

と。その点についてわかるわかる、と、お互いに同意していたと。

もう一つ。ScalaやScalaz界隈でよく名前を目にする@xuweiさんという方がいる。この人のブログを見ると、学生時代は書道科で、卒業する際に「プログラムだったら自分でも出来そう」と思い、プログラマとして働き始めたのだそうだ。そしてScalazのコードをiPad(だったかな?)に入れて持ち歩き、ひたすらバグを探してpull reqを送りまくり、ここ数年では一番コミットしているメンバーになっているそうだ。

そして手前味噌だが実体験を一つ。私は中学から大学あたりまでいろんなことをやっていた。映画を作ったり絵を描いたりWebサイトを立ち上げたり、とにかくクリエイティブなことにのめり込んだ。特に絵は完全独学でデッサンもクソもあったもんじゃないひどい絵ではあったが、ひどい絵なりに上達していき、「この雑誌で連載を持たないか」と声が掛かったこともあった。これが唯一の自慢だった。このままいったらすごいことになるんじゃないかと思ったが、凄いことにならない可能性も高く、私は悩んだ末に止めた。

以上からわかる事は何か。人は学習量・トレーニング量に応じて能力が延びていくという純然たる事実である。

逆に言えば学習量・トレーニング量がそれなりだと、能力もそれなりだということである。

私はいろんなことにチャレンジしてきたが、おそらくその中で最も能力が高い分野はプログラミングだろうと思う。それでもたとえば国内の何かの分野でトップだというわけではない。そんじょそこらの奴には何やらせても負けない自信があるが、そんじょそこらの奴でない人間が集まるような会社に行ったら負け続きだろうと思う。

で、あるから、そんじょそこらでない奴らというグループの中でも、平均以上の成績を残したいなということを漠然と考えており、じゃあどうすればというとやはり学習、トレーニングしかないのである。しかしながらここに純然たる事実として時間が無いという根本的な問題がある。

仕事を終えて家に帰り、子供を風呂に入れて飯を食い、皿を洗ってなどという事をしているともう寝る時間になっているかもしくは疲れて何もする気が無くなる。土日で自由に出来る時間は朝ジョギングするための1時間かそこらの時間である。あとはなんだりかんだりと予定が入っていて、なかなか技術向上のために時間を使うことができない。

しかし仕事が忙しいなんてのは同じで、彼らと私で何が違うのだろうと考えた結果分かったのは、おそらく仕事で身を置いている環境だろう。

私が今やっている仕事というのは、アホなことばかり言ってヒートアップする顧客を落ち着かせたり、クソみたいなコードばかり書く新人にため息をついたり、何のためにやるのか全然分からない業務上の手続きをこなしたりであって、こういう事をやっていたらスキルが向上しなくて当然であると思う。ではこの仕事に向き合う時間がつまりスキルの向上と直結したら…?最強じゃん。

んじゃあさっさと転職すりゃいいじゃん、というのは1兆回くらい考えたが、そうできないしがらみがたくさんある。一番はやっぱ年収だ。転職情報を見ると年収が全然足りない。私は今分不相応な高給を貰っている。…いや、「年棒は前職のそれを見て決定」って書いてあるから下回る給料は出さないんじゃないか?下回る給料だったら人集められないじゃん。うちの会社程度が高給なわけがなく、私が世間知らずなだけである…いや、2年目からぼろが出て年棒が減らされることは大いに考えられるのであって…今の職場家から近いし便利なんだよねー…あれ、来週の出張は…新幹線は…。嫁は…。子供は…。年収が…。そもそも俺はプログラムで日本一を目指したいのか、それとも金持ちになりたかっただけなのか…。六本木に住んで女がいて…いや、もう結婚して八王子に家があるんだった…。というか別に六本木好きじゃないし、金が欲しいだけだし、六本木と八王子が似てるのは画数くらいだ。あとは八王子ラーメンはあるけど六本木ラーメンは無いな。あと八王子には豚塚もいる。秋田には十六本とかいう地名があって「十六本木ヒルズ」とかいうネタがあったな。ローカルすぎて誰もわからんな。都心運転するよりも郊外で車乗ってた方がたのしいなあ。郊外で車を洗ってイオンに行った方が楽しいなあ。イオンのガソリンスタンドは妙に安いし石油大手の看板掲げてないけど燃料うすめてんのかなあ。年収を増やしたかったら副業すればいいんじゃないか。ローリスクハイリターン。そういやあの銘柄の基準価額は今いくらだ。というか俺にとって八王子ですらもはや都会なのであって、北海道とかに住みたい。冬は石油ストーブにコタツ。冷凍イチゴを食う。寒い朝に外に出て歩きたい。スーパーまで100kmあって、週末に1週間分の食料を買い込むような生活がしたい。家で仕事がしたい。家で仕事、家で子育て。子供に働く姿を見せたい。うちは農家だったから…。アサリの酒蒸しが食いたい。毎日ちゃんとした焼酎を飲みたい。週末にはワインが飲みたい。テーブルワインじゃないワインが飲みたい。モッツァレラチーズとトマトが食いたい…。でも…食ったら走らなきゃ…。北海道を走りたい…。バイクが欲しい…。CB1300ボルドールが欲しい…。セカンドカーにスーパーカブが欲しい…。車はVOLVO V60とセカンドカーにMX-5が欲しい…。

みたいなことを考えてるうちになぜ転職したかったのか?という事すら分からなくなり、ずぶずぶとしがらみの海に沈んでいくような。水槽に沸いたアオミドロをピンセットや歯ブラシでぐるぐると取り除くような感覚に陥る。そうやって気づくと中古の三眼式顕微鏡を買って「水槽に沸いたプラナリアとかアオミドロを観察して写真をアップしたい」とか思い立ってオークションで顕微鏡を調べだしたり、ふと盧溝橋事件が気になり始めてWikipediaを読むうちに本も読みたくなってamazonを物色してるうちに、今度は「高射砲」という単語から「高菜、食べてしまっ高菜!?」のコピペが読みたいなどとふと思い立って検索したり、そうしているうちに子供が騒ぎ始めるので二人で裏庭にゴーヤを植えたり、駅まで自転車を取りに行ったら子供が途中で寝てしまって、電車を見たいというから陸橋で電車を来るのを待ってたのに。しかも自転車はパンクしていて、駅から1kmの道のりを子供をおんぶしながら自転車を押すなどということをした結果足をくじいたのが私です。町田康がtwitterで「らくてんのてんのたまりてもらいたるルンバにのりておどりおどりたる君」という短歌?を書いていてそれに添えられている猫がかわいかった。町田康はやはり天才だと思う。

ゴーヤ植えたり本読んだり高菜探したりしてる時間で勉強できるじゃん!と思った方、その通りである。私はそういう感じで周期的に転職したいと思うのだけど、結局今の暮らしも中々捨てたもんではないのでやはり私はこのまま、生涯に転職したいと思ったり思わなかったりで過ごしていくのだろう。そういう生活も悪くは無い。が、できれば田舎の山奥で暮らしたい。十六本木ヒルズでな…。amazonがドローンで荷物を屋上に配達してくれるような…。俺はそのドローンを高菜の高射砲で狙い撃ち。