SKYACTIV-G誕生の影で活躍したダッソー

ちょっとおもしろい話を見つけたので紹介。

常識外れの高圧縮比を実現したマツダ SKYACTIV-G 開発秘話

SKYACTIV-Gの開発はMBD(Model based development)にて行われたそうです。コンピュータシミュレーションの結果を元に開発を進めるやり方ですね。この話自体は有名なのでマツダフリークなら大体知っていると思います。というか、どこのメーカーでもCAEというのは極普通に行われているので特に珍しい話ではないと思います。マツダの場合に特殊性があるならば、開発リソースが少ないために積極的に応用せざるを得なかったということでしょう。

新型エンジン開発のプロジェクトとしては少ない100人以下。しかも先行開発メンバーは経験の少ない若手ばかりだった。

原田氏いわく「資源に乏しい」同社の懐事情から「徹底的な選択と集中」を行うこととし、ターゲットを「世界中の技術者が避けてきた高圧縮比エンジンの開発」に定めた。人件費は増やせないため、代わりにコンピュータとソフトウェアに投資し、モデルベースを基本とした開発を行うことに決めたのだ。

…とのことです。

しかしながら、自信を持っていたコンピュータシミュレーションでも結果が合わなくなったとのこと。再設計と検証を1年以上かさね、ついにはサファイアガラスでピストン内部が見えるエンジンを製作して燃焼状態を確かめた結果、燃料の噴霧で発生する渦が設計とは逆向きになっていたらしい。

ちなみに、シミュレーションではこういうことは結構あります。最初に与えた前提条件がほんの少しだけズレているだけでその後のシミュレーション結果が大きく変わります。こういう挙動をカオスであると言います(厳密にはそう言えませんが、「カオス」の直観的な定義はそんな感じです)。最近ではバタフライエフェクトなどという言葉もよく聞きますね。中国の蝶のはばたきがアメリカのハリケーンになるとかいうやつですね。

ただここで注意していただきたいのはカオスというのはシミュレーションの誤差が積もって生まれるということではなくして、その現象が本質的に初期値に対して非常に敏感な特性を見せるということです。ですからコンピュータを使おうと使うまいと本質的に難しいということで、シミュレーションに頼っているからダメなのだという結論にはなりません。ここらへんの話に興味がある人はロジスティック写像あたりを調べてみてください。ロジスティック写像の式はXn+1 = aXn(1-Xn)という非常に簡単な漸化式ですが、ランダムに近いと思いきや急に周期振動っぽくふるまったりと非常に複雑な挙動を見せます。

まーここまで言っておきながらですが、本当にピストン内部の燃料噴霧がカオス的挙動を見せるかどうかは知りません。単なる予想です。

あと、こういうシミュレーションに興味がある人はBlenderなんかをつかってみるのもお勧めです。これは非常に高機能な3Dモデラ・レンダラーでして、最近は物理シミュレーション機能もふんだんに取り込んでいます。素人でもチュートリアル通りに進めたら1時間程度で流体シミュレーションはできてしまうでしょう。

あとは手前味噌ですが、以下が風になびく布のシミュレーション。

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最近はプリキュアとか、子供のアニメを見ても物理シミュレーションがふんだんに使われていますね。もはや物理シミュレーションは普段の生活にまで浸透したといってよいでしょう。

話をSKYACTIV-Gに戻します。記事中には以下の様な記述もあります。

エンジン、トランスミッション、シャシー、エンジン制御、AT制御、ドライバー、路面など、開発の上流から下流のあらゆる部分をモデル化して机上でシミュレーションを行い、大量の仮想車両を作り上げ、その時点で考えうる最適なモデルを実際の車両として製造するMBDを推進した

シミュレーションはエンジンだけではなかったんですね。まあシャシーにシミュレーションが使われているのは当然として、ドライバーや路面状態までやってみるのはすごいですね。こういう現場で使われる解析ソフトって余り私は知らないのですけれども、おそらくコンピュータシミュレーションそのものの知識というのはそれほど要らないのかもしれないですね。シミュレーション対象となる現象がどのようなものであるかを理解していれば使えてしまうような感じで。シミュレーションで開発が加速するにしてもそのソフトを使うための教育コストが莫大だったら意味ないですもんね。

で、そういう解析ソフトというのはどこのメーカーでも普通、自社開発はしません。要求される技術が全然違いますし、開発費を自社だけでペイするのは不可能だからです。今回、マツダのSKYACTIV-Gの解析に用いたのはなんとダッソー社製のソフトだそうで。

調べてみるとダッソーは「3Dエクスペリエンス製品」というものにも力を入れているらしく、CADから解析シミュレーション、果ては生物・化学シミュレーションから地球規模のモデルまで作っているとのこと。すごいなー。ダッソーってこんなことやってたんだ…。

え?ダッソーって何ですかって?ダッソーと言ったら軍用機でしょう!シュペルエタンダールとかミラージュF1とか作ってるでしょ!日本のF-X(次期戦闘機)候補でもミラージュ2000とかあったでしょ!当て馬かもしれんけど…。

これがミラージュ2000ですよ!

ミラージュ2000 - wikipedia

デルタ翼のマルチロールファイターといったらミラージュ2000でしょう!

で、これがシュペルエタンダールですよ!

シュペルエタンダール - wikipedia

シュペルエタンダールは艦上攻撃機、すなわち空母上での運用が可能な攻撃機です。攻撃機とは何を攻撃するのかというと、地上車両や艦船に対して攻撃を行います。それに特化したスペックになっていますので、空中戦を行うのは戦闘機ほど得意ではありません。第二次世界大戦あたりだと航空機の分化は結構激しかったです。(艦上)戦闘機、(艦上)爆撃機、(艦上)攻撃機、雷撃機、偵察機、要撃機(局地戦闘機、迎撃機、防空戦闘機)、急降下爆撃機など。

で、数多くの技術革新があったおかげで最近では1種類の機体で様々な任務を行うことが可能になる素地ができあがってきました。任務ごとに別々の飛行機を設計、製造するのは無駄が多いため、最近は前述したミラージュ2000のようなマルチロール機が流行ってきました。日本が購入を決定したF-35もマルチロールですね。

F-35 - wikipedia

こいつは地上目標にも艦船にも航空機にも攻撃可能です。F-35はA型(空軍向け)のみが機体に機関砲搭載、B型(海兵隊向け)とC型(海軍向け)機関砲ポッドという取り外し可能なモジュールとなりました。こういう機体の外部に装着する装置というのはステルス性が落ちる(レーダー反射断面積、レーダーに写る面積が大きくなる)ので実際の任務で装着することは、圧倒的な航空優勢をとっていてかつ対地攻撃でソフトスキン(非装甲車両など)がターゲットという限られた状況下だけである気がします。もっとも、アメリカとかならそういう圧倒的な航空優勢をあっさり確保しそうですが…。

ミサイルが主流になった現代でも機関砲(機関銃)が根強く残っているのは、ベトナム戦争で余りミサイルが活躍できなかった経験とか、コスト(費用対効果)とか、信頼性とか、最後の保険だとか、武器は沢山あるに越したことはないとか、警告射撃(信号射撃)に使いたいとか、先に述べたような対地任務で使いたいとか色々な理由があります。ただ、機関砲ポッドになったというのはなんというか一つのターニングポイントのように思えてちょっとしみじみとします。

ちなみに、空軍向けの他に海兵隊向けとか海軍向けとかあるのが奇異に感じられる方もいるかもしれませんが、そういうもんです。地上に指令本部があって飛行場として地上に基地を持っているのが空軍です。空母上に離着艦する戦闘機は空軍の所属ではなくて海軍の所属になっていまして、海軍の指揮系統に属しています。海兵隊というのは昔(大戦期)は海軍の所属でした。海軍の艦艇に登場している、地上で戦闘を行うための兵員で、上陸戦などを主に担当していました。日本では陸戦隊という名前でした。ルーツを辿ると海上で敵の船に接舷して乗り込んで制圧する切り込み隊に行き着きます。

海外で戦争を仕掛けるときはまず自国軍を展開させるための橋頭堡を構築しなければなりませんが、そこで特に活躍するのが海兵隊で、外国で戦争をすることが多いアメリカは必然的に海兵隊が持つ装備も多くなります。前述したような戦闘機やヘリコプターはもちろんのこと、戦車まで持っていたりします。というか、だいたい橋頭堡を作って終わりではなくてどんどん内陸まで戦闘を継続していきますから、それなりの装備を持っていないと厳しいのでしょう。…という感じで、アメリカの海兵隊はお国柄というかちょっと特殊な軍隊です。

話をシュペルエタンダールに戻します(あ、もうSKYACTIV-Gの話は終わりました)。ダッソーのシュペルエタンダールが一躍有名になったのはフォークランド紛争です。フォークランド紛争はフランス製兵器を多く所有するアルゼンチン軍と英国同士で起こった紛争で、西側の兵器同士が撃ちあったちょっと珍しい戦闘でした。で、アルゼンチンがシュペルエタンダールを運用していたという事です。シュペルエタンダールといえば有名なミサイルはエグゾセです。

エグゾセ - wikipedia

エグゾセはフランス語でトビウオの意味で、海洋生物の名前が付いていることからも分かる通り、対艦ミサイルです。エグゾセとシュペルエタンダールの開発は平行して行われました。

フォークランド紛争ではアルゼンチン軍のシュペルエタンダールから発射されたエグゾセが英駆逐艦シェフィールドを撃沈しています。

シェフィールド- wikipedia

シェフィールドに命中したエグゾセは不発だったものの、ロケットモーターは燃焼を続けて火災を引き起こしました。結局、この火災は鎮火できず、総員退艦してから二日後に鎮火、曳航中に沈没したそうです。

ダッソーが燃焼シミュレーションソフトを開発していてマツダがそれを使っていたというのは今回はじめて知りましたが、背景を色々調べてみると面白いですね。結局、工学と軍事というのは切っても切り離せないものだと私は思っています。なぜかといえば膨大な資金が技術開発に注がれるのが軍事分野だからです。

青色ダイオードで有名な中村修二氏がアメリカ国籍であるのは日本嫌いだからではなく、アメリカ人でないと軍の予算が付かないからだとのことです。人類が争いをやめてその金を技術革新や科学のためにのみ用いて、平和に高度な技術が発達していく、というのはSF小説でよくある設定ではありますが、現実はまだまだそんなところには至っていません。

戦争が悪い、軍隊が悪いとかそればかり唱えていてもあまりいい事はありません。歌を歌って平和になるとか寝ぼけたことを言っていてもだめです。何事もよく調べれば何か新しい発見があると思いますよ。