雪山の幽霊の夢

私は嫁さんとビルの屋上階でラーメンを食っている。

そのビルはとても高い。雨雲に包まれていて、窓の外を見ると一面が灰色。バタバタという音を立てて雨滴が窓ガラスを叩いている。

私と嫁さんが入ったラーメン屋はものすごい元気のいい兄ちゃんがやっているラーメン屋。そのほかにラーメン屋が4~5店舗、テナントとして入っているが、それらに負けないようにと大声を張り上げている。とんこつラーメンを注文し、食い始めた。嫁さんは横に座り、無言でチャーハンを食い続けている。

食い終わったときに威勢のいい兄ちゃんが少し残念そうな顔をして首を傾げる。「お客さん、残念だけど、あなた今日中に幽霊に呪い殺されちゃうよ。その症状は良く知ってるんだ。友達もなったことがあるから。悪いことは言わないから、日が変わる前にこの寺に行ったほうが良い」そうやって、寺の場所を示してくれた。

そして我々はその寺へと即座に向かう事とした。その寺は雪山の頂上にあった。雪山は所々岩肌が露出している岩石質の地面だ。ものすごい吹雪で先がほとんど見えないが、かすかに吹雪の向こうに見える明かりを頼りに、何とか寺にたどり着くことができた。日はすでに落ちており、危ないところであった。

出迎えてくれた僧侶は顔を見るなりすべてを理解したのか、本堂の中に通してくれた。本堂の中は温かく、あちこちに囲炉裏があり、人々は毛布をかぶりながら粥を食べていた。この人たちも、我々と同じようにここに逃れてきたのであろうことが容易に想像できた。

「この布団を使いなさい」と敷かれた布団は奇妙な形であった。半円に近い扇形で、弧の中央が円の中心に向かって少し切り取られており、ハート形に近い。

「囲炉裏は日が変わる前までは使えるが、そのあとは火を消さないといけない。とても寒いと思うが、我慢してほしい。そして、夜が明けて我々が良いと言うまで決して扉を開けてはいけない。夜、ここで起きる光景を見ても良いが、出来れば朝まで眠っていることをお勧めする」という事であった。

私は囲炉裏の火にあたっていた。しもやけの掌をじりじりと黄色い光が温めている。皆、疲れた表情をしていた。本堂はとても天井が高く、少しも煙たくはなかった。私は頂いた粥を木のさじで食い、その後はあちこちで少しずつ囲炉裏の明かりが消えて行って薄暗くなってきたので、それに倣って火を消した。

ハート形に近い布団の、片方の房に嫁さんが包まって眠り、私はもう一方に包まった。そして、布団の外に出て居る顔に徐々に冷気が押し寄せるのと、僧侶の何人かが静かに足音を立てて歩き回っているのを感じながら、眠りに落ちた。

次に起きたときはまだ夜であった。顔が凍りつくように冷たく、吐く息が白い。とても寒い。嫁さんは何も気づかず眠っている。私は布団にもぐりこみ、その隙間から扉のほうの様子をうかがった。

扉は木枠にうすい擦り硝子がはめられた大きな扉で、あたかも壁の一面すべてが硝子張りになっているかのような様子になっていた。吹雪と、それが扉をゆするガタガタという音が聞こえる。

擦り硝子を見ていると、ふと人影が揺れた。私は緊張した。僧侶は「朝まで扉を開けてはいけない」と言っていた。そしてまだ朝は訪れていない。つまり、擦り硝子の向こう側に居る誰かは、少なくとも我々側の人間でないことは確かだ。

見てはいけないと思ったが、目を閉じて布団にもぐりこむ方が恐ろしい。私が彼を見ていることを、彼が察知したら何か良くないことが起こるのだろうか?いや、そんなことは無いはずだ。僧侶は見ても良いと言っていた。おそらく、彼(もしくは、彼ら)は扉を開けてこちらには入ってこれないのだ。

すると、人影が見る見るうちに増え、列をなして扉の前に並んでゆく。擦り硝子に近づいたので彼らの風貌が判明した。警察官、看護師、消防士、CA、運転手、巫女、カフェ店員など、その職業が見てわかるような格好をした人間が一列になり、真顔でこちらを向いている。そして、彼らの服は皆ボロボロで薄汚い。

彼らが集まってくるのに気づいた僧侶がどたばたと何か怒号をあげて集まってきた。大声で叫んではいるが、あまりにも本堂が広いためか、その声はあまり大きくは聞こえない。何かを振り回したり、念仏を唱えたりなどして対抗しているようだ。

すると、一列に並んだ職業人たちは両手を挙げて万歳の格好をしたのち、一斉にタイミングを合わせてばーん、ばーんと扉を叩いた。窓ガラスが割れそうなくらいの強さだった。

私は恐怖したが目をそらすことができなかった。そうしているうちに、いつの間にかまた眠ってしまったのか、気を失ったのか、気が付くと朝になっていた。

本堂の扉は開け放たれ、外は晴れていた。人々は荷物をまとめたり、また囲炉裏に集まって何かを食べたりしていた。

私と嫁さんは僧侶によく礼を言った。そして作法が良くわからないのだが、何かきちんとした礼をしなければならないと思い、お金を包んで渡したが「そういう物は受け取れないことになっている」と言われたので、引き下がった。

私は嫁さんに「昨日起こったことを見たか」と問うたが、「寝ていたので気づかなかった」ということであった。