いかついミニバンはユーザーが望んだ結果

下記記事を読んでいて思ったこと。

ホンダ 新型ステップワゴン 試乗レポート/渡辺陽一郎

「マトモだなぁ」

ホンダ 新型ステップワゴンの外観を見て、何となく安心した。

(中略)

ほかの背の高いミニバンは、どれもフロントマスクにメッキを使いすぎだ。今では個性の演出も難しくなり、「凄い」とか「恐い」と思わせる顔立ちにエスカレートした。この表情も、フロントマスクに厚みのあるミニバンやSUVが持つ魅力のひとつかも知れないが、家族で楽しく出かけるミニバンの価値観には合わない。

上記、私は完全に同意します。最近のミニバンはいかつい見た目の車種ばかりでした。私の感覚ですが、特にヴォクシー、エスクァイア、アルファード、ヴェルファイアなどは「いかつい」を通り過ぎてもはや下品というレベルだと思います。ノアはギリギリ「いかつい」までは行かないのでは…と私は思いますが、加飾が激しいのは同じなのでいかついと感じる人も多いと思います。

image from toyota

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上記のような最近のメッキを多用したデザインに比べて、確かにステップワゴンのデザインはとてもシンプルです。

image from honda

私は最初こそ「ちょっと素っ気なさすぎではないか」と思ったのですが、しかし、今はこういったデザインの方がしっくりときます。すでに渡辺陽一郎氏が述べているように、「家族で楽しくお出かけ」というムードにはこういう見た目のほうがマッチします。そのほか、色々な実用シーンを思い浮かべてください。家の前に駐車してるシーン。普段着を着た自分が車から降りてくるシーン。スーパーの駐車場に停めたとき。子供をチャイルドシートに載せるとき。大きな荷物を詰め込んで旅行に出かけるとき。

あくまでも私の感じたことですが、私が住んでいる町、私の家族、私の家、自分自身、あらゆる私の身の回りのものとマッチするのはステップワゴンの方です。トヨタのミニバンのように銀色で加飾されてギラギラしている車に普段着で乗り込む自分、八王子市を走っているシーン、スーパーでネギが飛び出してる買い物袋を積み込むシーン、子供をチャイルドシートに載せる瞬間などをイメージしてみるとどうも間抜けです。ジャージのポケットから高級ブランドの財布を取り出すヤンキーのようで下品に思えます。そしてなにより、ああいうギラギラした車を家の前に置いておきたくないです。

ただ、そんなマッチングまで考えて車を買う人は少ないでしょう。多くの人は車だけを見て判断を行います。だからこそ、プロのデザイナーであればユーザーが製品を使うシーンまでイメージしてデザインを決定しなければならないのだと思います。そして、今回のステップワゴンのデザイナーはおそらく、そういうやるべきことをこなしてくれたのではないでしょうか。

…と考えていたら、本記事作成途中に新たなニュースが発表されました。

【ホンダ ステップワゴン 新型発表】朝食の食卓をイメージしたカラー

本田技術研究所四輪R&Dセンターデザイン室3スタジオの濱村奈奈絵さんは、標準のステップワゴンのボディカラーについて、「家族みんなが共有する時間をカラーで表現しようと考えたときに、1日の始まりである朝食の食卓はどうかと思った」という。

本記事はカラーリングについてのみ言及しているのですが、カラーと造形は切り離して語れないので造形においてもそのように日常に溶け込むようなデザインを重視したのでしょう。大変好感のもてる考え方です。

一方でトヨタのデザイナーはどうなのでしょうか。実際に使うシーンを考慮していない。デザイナーとしては三流である…と言いたいわけではありません。これはこれでしょうがない事情があります。その背景は、前述の記事中にも書かれています。

新型ステップワゴンは「ミニバンの顔」を上手に表現した。開発者に尋ねると、「今のデザインの流れに沿うのは、もうやめようと考えた」と言う。クルマ好きの多いホンダらしい判断だと思う。

ただしその一方で「いつまで続けられるのか」という心配もある。先代ステップワゴンは、登場時点では標準ボディのフロントマスクが比較的大人しかったが、マイナーチェンジでメッキを多用する流行のフロントマスクに変えられた。

デザイナーとしては、先代ステップワゴンからいかつい見た目にはしたくなかったとのこと。しかしそうせざるを得なかったのは、はっきり書かれてはいないが、「流行のフロントマスク」を望むユーザーの声だったのでしょう。「もうやめようと考えた」、この一言にずっと悩んだ末の重い決断であることが読み取れます。メーカーとしても現場営業から上がってくる声をまるきり無視するわけにもいかず、やむなくいかついデザインを採用しているという流れなのだと思います。

そして、トヨタのミニバンも全く同じ理由だと考えています。トヨタはユーザーのニーズに合わせた商品を作ることに非常に長けていますから、その傾向は他メーカーよりも顕著でしょう。

元来、標準仕様でいかつい見た目の車というのはごく一部のスポーツカーを除いては非常に少なかったかのように思います。そういう車を購入し、いかつい見た目が好きな人はスポイラーやリップといったエアロパーツを装着し、車高を下げて「いかつい」雰囲気が出るようにカスタマイズしていました。

しかしいつからか、社外品でしか売られていなかったようないかついエアロパーツが純正ショップオプションとして手軽に選択できるようになり、そしていつの間にか、「え、これエアロ組んでるんじゃなくて、標準仕様でこれなの?」「標準でこのホイールサイズなの?」などといういかつい見た目の車種が販売されるようになりました。

車に乗る人のほとんどは自分でエアロパーツを調べて気に入ったものを買い、取り付けるなどと言うことはしません。殆ど標準仕様のまま乗るでしょう。むしろ、そういうカスタマイズの世界があるとすら思わないユーザーも多いはずです。そうした中、標準仕様でいかつい車が登場しました。それが好評を博し、車のデザインのベクトルはいかつい方向に舵を取ることとなった。…という流れではないかと私は考えています。

その最たる例がエスクァイアです。ノアとほとんど同じ見た目でありながらグリルだけ加飾の激しいものに交換し、「高級感のあるミニバン」などと称し、まったく新しい車であるかのように名前を変えて売る。良い商売してんなと思います。しかしそれで売れているのだから、ビジネスとしては大成功です。こういうあたり、トヨタはやり方が本当に上手いと思います。さすが世界一なだけある。これは皮肉ではなくて、本当に感心しているのです。

しかしながら何事にも限度があります。以前別の記事で書いたように、デザインをユーザーの嗜好に合わせるのはもはやデザインの世界での大衆迎合とも言うべきものでしょう。トヨタはミニバンを5車種もラインナップしていますが、上掲のとおり、いかつい見た目ばかりです。ヴォクシー、ノア、エスクァイアは兄弟車なのですから、一台くらい今回のステップワゴンのように丸いデザインを用意しても良かったのではないでしょうか。

ただ、自販連の2015年4月の新車販売ランキングでは、エスクァイア(4位:7503台)、ヴォクシー(6位:6140台)に比べてノアは19位(2715台。)いずれも兄弟車でほとんど仕様も変わらないことから、これは主に外観による差と言って良いでしょう。ユーザーは圧倒的にいかつい顔を望んでいる。このような環境の中で、「一台くらい今回のステップワゴンのように丸いデザインを用意」することも難しかったというのは容易に想像できます。

マツダは「半数の人に好きになってもらえればもう半数の人には嫌われても構わない」として今の車づくりを推進したそうです。ホンダは「今のデザインの流れに沿うのは、もうやめようと考えた」として新しいステップワゴンをデザインしたそうです。こういう流れがもっと進めば良いと思います。「もっとセンスの良い車に乗ろうぜ」と啓発するよりはずっと現実的で押しつけがましくないでしょう。