トレパネーションの夢

恐ろしい夢をみた。

私はゲームをやっている。ゲームということになっているが、いつの間にか私はゲームの世界の中に溶け込んでしまっている。主人公が体験することは私が体験することだ。現実の世界を私がさまよっているのと何も変わらない。こういう夢は小さい頃からよく見ていた。

そのゲームは大手メーカーが作ったわけではなく、少数の素人が集まって製作し、ごく少数が販売されたものだ。素人が作ったにしてはグラフィックも音楽も作りこまれていて、非常に良く出来ている。

物語は神奈川県相模原市にある主人公の家から始まる。正方形を組み合わせたような特徴的な外観の家で、広い駐車場が併設されている。そこで主人公は妻とほそぼそと二人きりで暮らしている。日当たりの良い丘だ。しかし、彼らは単に幸運だったのであって、街へ降りるとあたりは瓦礫の山となっている。どうも大地震が発生したらしい。関東一帯が壊滅状態にあるらしく、復興を諦め放棄された地域もあるようだ。主人公が住む街もそのように放棄された街の一つで、なんとか車が通ることができる道を使って生活をしている。

主人公の職業はいまいち判然としないが、何か警察に関連した国家機関に所属しているようだ。ある日、主人公は国の特命を受けてある事件を追うこととなった。

その事件とは発端は戦前・戦中まで遡る。舞台は1930年代の東京都八王子市へと移る。市内にある陸軍装備の研究開発所では(実際にはそういう施設は無い)、ドイツからの技術供与を元に陸軍研究所を中心として当時の芝浦製作所や日本無線などによってマイクロ波帯の防空レーダーの実証研究が行われていた(実在の企業だが八王子市でそういう研究をしていた事実は無い)。

研究所の中には芝浦製作所の銘版が付いた電源パネルがずらりと並び、所員がブラウン管ディスプレイをじっと見つめている。この研究所は戦争終結とともに組織解体されることとなったが、一部の研究所施設と研究者はそれらレーダーを応用した別の研究を秘密裏に始めることとなった。その背景にはなにか資金力がある大きな組織の存在が伺える。

舞台は現代の所沢に移る。主人公は埼玉県所沢市にある廃墟となった病院を訪れている。主人公の他に、同一の事件を追う2人の仲間が同行している。二人共スーツの上に黒いレインコートを羽織っていて、刑事と疲れたサラリーマンの中間であるような風貌をしている。

廃屋の中は全く荒らされていない。慌ててここを閉鎖したのだろうか、机の上にはビーカーや試験管などといったガラス製の器具や少しだけ日に焼けた書類もそのままに残っている。我々が入ってくるまで時間が止まっていたかのようだ。

書類に目を通すと、1973年という日付が書かれている。内容は医学的な言葉が並んでいるが専門的すぎて良くはわからない。ただ、何か特殊な症例の経過をまとめた論文であるようだ。

「これを見ろ!」と仲間の声がするのでその方へ駆けて行くと、そこはまるで学校のようだった。小さい机と椅子が並び、正面には黒板があり、後方には木製のロッカーが並んでいる。その中には上履きや筆記用具などが入った箱が押し込められ、それぞれの棚に名前が振ってある。机の大きさから察するにまだ5~6歳の児童が対象なのだろう。

その机の上には興味深い書類があった。それはおそらくは教師が手製で作ったテキストと思われるもので、内容は人体の臓器の位置や役割などを子供向けにわかりやすく解説したものであった。笑顔がついた腎臓や肝臓のイラストに、「血液を綺麗にするよ」という台詞が添えられていた。更紙に質の悪い印刷でプリントされており、その上から色鉛筆で色が雑に塗られていた。

読み進めていくと内容は人体の解剖学的構造やイオンチャネル、活動電位などの内容が記されている。とても児童が理解できるような内容ではなさそうだが、しかし、どの章も丁寧に子供にもわかりやすいような言葉を選び、イラストと共に記述されている。そこまでして医学の知識を幼少から教えこませることに何か理由があったのだろうか。

教室を出て隣の部屋に行くと、そこは打ちっぱなしのコンクリートの壁に囲まれたロッカールームになっていた。プールの更衣室、という表現がしっくりする。湿度が高くて、天井には何かのパイプが露出している。仲間の一人が大量のロッカーを片っ端から乱雑に開けていった。私もそれに倣い、もう一方からロッカーを開けていく。

ほとんどは空だったが、ときたま子供が遊ぶ人形などの玩具が出現した。人形の顔の造形や着せている服の意匠はさすがに古く、時代を感じさせるというか、むしろ、薄気味悪さの方が強い。

あるロッカーからは大量の書類が見つかった。先ほどの児童向けのテキストとは違っている。染色した細胞を写した顕微鏡写真や、血管の造影写真、臓器や脳の詳細なスケッチ、何かのデータをプロットした散布図などが積み重ねられていた。それぞれにはキャプションが振られており、その書体もまた古臭い。初期のワープロでよく見るような字体であった。

そして次のロッカーを勢い良く開けると、ついに見つけてしまった。見てはならないものを見てしまった気がした。

ロッカーの蓋の裏側には、2Lサイズの写真が貼られており、そこにはじっとカメラを睨んでいる髪の長い女児(おそらく4歳ごろと思われる)が写っていた。隣には母親と思われる、30歳かそこらの女性が写っている。

それを見た瞬間、私の目の前でフラッシュが焚かれたかのように世界が真っ白になり、それから少し時間をおいて視界が元に戻ってくると、私の目の前にはその髪の長い女児の後ろ姿があった。その女児や、隣にいる母親、そして女児を挟んで向こうにいる白衣を来た男は私に一瞥もくれず、なにか熱心に話し合っている。しかし、その内容ははっきりと聞こえるものの意味が良く分からない。それに、体にも違和感があり、フワフワと浮いているかのような感覚を受ける。目には見えないが四肢の感覚があり、しかもそれは私が思っているよりもずっと短い。

そして段々と、私は女児と意識を共有していることに気がついた。まだ幼いから大人同士が話している内容もはっきりとは理解できないのだろう。そして、女児の少し不安に思う気持ちが伝わってくる。不安であるが、しかし母親に気を使っているようだ。ここで自分が拒否したらまた母を悲しませてしまうと考えている。

白衣を来た男が「これは、お友達にも自慢できることなんだ。少し眠って、また起きたら、全部終わっているからね」と言う。それを聞いてさらに不安になるが、嫌とは言えない。怖がる気持ちを抑えながら頷いた。そして、診察台に寝かせられて記憶が途切れる。

気づくと「大丈夫か」という男の声。手にはなぜか古ぼけた人形が握りしめられている。大丈夫だ、気分が少し悪くなっただけだ。そう言いたいが言葉が出てこない。私の心を時代を超えて誰かがしっかりと鷲掴みして、また女児の世界に引きずり込もうとしているかのよう。私はそれに抵抗する。そんなものを見たくはない、意識をしっかりと保たなければならない。そう強く念じたが、全ては無駄だった。

そして先ほどと同じような光景が私の眼前に浮かんだ。目の前がぼんやりしている。鏡だ。よく見ると目の前に鏡がある。そこに写る自分の姿は4歳ぐらいの女児…。しかし、先ほどと全く違っているのは髪の長い女児はそこにいなかった。頭には青い布が幾重にも巻かれ、ところどころ血が滲んでいる。

ぐいぐい、と後頭部が引っ張られる感覚があり、そこを触るとなにか細長い、柔らかい管が頭から生えている。それはだらんと垂れ下がったあと、母親が手のひらに持つ四角い箱へとつながっていた。

「じゃあ、試してみてください」

白衣の男がそう言うと、母親が箱に据え付けられた大きなボタンを二回押した。その途端、頭のなかが膨れるような感覚があり、すぐに頭の中心に痛みが走った。その間、私は鏡を見ていたから何が起こったのかよく理解できた。女児にはよく理解出来ていないようだが、私にはわかった。母親があの大きなボタンを二回おすたび、女児の頭は膨れ上がっていた。あの管から何か、空気か、もしくは生理食塩水のような液体が送出されており、それが頭をふくらませている。何故そんなことをしているのか。

今度は母親と白衣の男の会話が明瞭に聞こえてきた。そればかりか、今に至る経緯さえも非言語的で抽象的な何かを通して頭のなかに流れ込んでくる。

男は人間の頭脳に秘められた能力を解き、飛躍的に知能を向上させる方法についての研究をしているようで、それは脳にかけられた圧力を弱めることで成し遂げられると考えているようだった。人間の脳には常に脳脊髄液による圧力がかかっており、それが人間の脳の能力を制約する原因となっている。そこで、頭蓋骨を取り去り、代わりに一回り大きなサイズの柔軟性に富んだ人工頭蓋骨を装着する。そうすることで脳への圧力を和らげる。

しかしそれでも一時の効果しかなく、成長に応じてサイズを大きくした新しい人工頭蓋骨を装着していかなければならない。そのために必要なのは新しい頭蓋骨を収めるために十分な面積の頭皮を形成する作業であって、それが先の母親のポンプから送られた何かの正体だ。

「痛い?」と不安そうな顔で母親が聞く。縫合された傷口を引っ張っているのだから痛いに決まっている。痛いと告げると白衣を着た男が困った表情で「痛み止めは使えないんだ」と言うが、その直後、何かを思い出したのだが「ちょっと待ってて」と言い、隣の部屋から白濁した結晶を取り出してきた。「これは新しく開発した人工甘味料なんだ。これを舐めていれば少しは気が和らぐんじゃないかな」と。

そこでまた非言語的な何かが頭のなかに流れ込んでくる。母親は女児に甘いものを頑なに食べさせようとしない。研究員も同様の考えだ。過剰な糖分が脳の成長を抑制すると信じ込んでいる。また、母親は半ば狂信的に娘である女児の能力を開花させようと躍起になっている。女児は普段、甘いものを口にしていないので人工甘味料を美味しそうに頬張っている。しかし、この人工甘味料も後に毒性が認められた物質である。

その直後、目の前が壊れたテレビのように様々な原色の色でうめつくされて、それが収まったあとまた私は現実に戻された。仲間が心配しているのが見て取れる。それに反応したいができない。またすぐに過去の情景に引きずり込まれてしまった。

そこは菜の花畑だった。女児は車いすに乗せられて、母親がそれを押している。辺り一面が黄色い菜の花でうめつくされている。母親はにこやかな表情で何かの歌を歌っているが、その顔は無理に笑顔を作っているようなぎこちないものだ。全身から疲れが滲んでいる。女児も女児で頬が痩せこけている。

母親が「チューリップ」の歌を歌っている。手にはあの例の箱が握られている。「さいた さいた チューリップの 花が」の歌詞に合わせて母親はボタンを押す。その母親の心情も私の思考に流れ込んでいる。母はわが子を苦しめているのは重々承知しているが、それが将来的には本人のためになると信じ込んでいるようだ。ただ、元々からそうであったわけではなく、転機は父親が死んだことにあるよう。

父親がいなくなり、女手一つで子供を育て上げるのに研究所が示した報酬は魅力的なものだった。初めは罪悪感こそあったものの、「人間の知能を大きく向上させるこの研究には社会的な意義もあるし、その成果は先駆けて女児本人が享受できる」という受け入れやすい言葉を告げられそれを信じることにしたようだ。もっとも、今はそれに一片の疑いも抱かないどころか偏執的ですらある。

母は前を見ながらボタンを何度も何度も押す。すると、どんどん女児の頭皮が膨らみ、ついには頭皮に血がにじんできた。それでも母はボタンを押すのをやめない。女児はもはや痛覚が無くなっているのでそれに気づかない。痛覚が無くなっているのは、手術の影響なのか、日常的に例の人工甘味料を摂取しているからなのか、そのどちらかなのだろう。薄ら笑いを浮かべて髪の毛がまばらにしか生えていない頭皮から血を噴き出している光景は狂気そのものだ。

止めてくれ、見たくない、元に戻してくれと念じるがそれを拒否することはできない。目をつぶってもその光景がまぶたを透かして見えてしまう。

ようやく、母親がわが子の惨状に気が付き、圧力を解放した。急激に圧が抜けたからなのか、どっと出血がひどくなり、ぼたぼたと肩に血がしたたり落ちた。菜の花畑に赤いチューリップが咲いている。所々に咲いていた赤いチューリップは女児を中心として放射状に広がり、やがて黄色の世界を赤く塗りつぶした。

ここで目が覚めたのでこの「ゲーム」の結末がどうなるのか私は知らない。夢を見ている時は心底恐ろしかったものの、こうして改めて文章におこしてみると、ちょっとギャグにも見えてくる。レーダーと脳医学に何の関係があるんだよ。母親もアホすぎるだろ。

相模原から八王子、所沢と舞台が移っていくのも圏央道が早く開通してほしいと思っている自分の願望だ。たぶん。