ゲーム系専門学校職員氏が良いこと言ってる

下記を呼んだ感想。

ゲーム系専門学校について職員が書く

open 2chの「なんか質問ある?」系のスレッドだが、いいことを言ってるな~と思う箇所が多々あったので、良いと思った部分をピックアップする。

92: 名無しさん@おーぷん 2015/05/05(火)15:46:37 ID:8w8
>>88
基本を教えたりするのは最初の半年だけってこと?
正直、それだとロクに基本も身につかないと思うけどなあ

 

98: 名無しさん@おーぷん 2015/05/05(火)15:50:02 ID:n6A 
>>92
そもそもその考え方がアウトなんだ
授業ですべてを教えるなんて十年あっても足りないんだ学び方の基礎がわかれば後は基本独学で、わからないときに近くに聞けるプロがいるっていうのが専門学校なんだ
その環境が自分で整えられるなら専門学校なんて行く価値無いんだ

専門学校は「わからない時に近くに聞けるプロがいる」という状況を提供できるのが専門学校で、ゲームプログラマに必要なことは10年あっても教えきれない。これはゲームプログラマに限らず、一般的なプログラマにも通用すると思う。自分でプログラムのことを勉強できるような人間でないとプログラマとしては成長はしない。というか、何の分野でもそうだが、専門学校であれ、大学であれ、企業研修であれ、「与えられたカリキュラムをこなす」だけで一流の人材になれるような仕事というのは無いと思う。

これはごく当たり前の事だと思うが、(後述するように)「全部教えてもらおう」というような考えの学生が多いように思える。

93: 名無しさん@おーぷん 2015/05/05(火)15:47:13 ID:n6A 

ここらで高校生に聞いてもらいたい事があるんだ

本当に将来その商業になりたいのかどうかって事なんだ
本当の本当にどーしてもその職業になりたいなら学費ぐらい自分で出してみたらどうかな?
学費は親が出してくれるなら、せめて今できるゲームを自分なりに作ってみてはどうだろう

すごろくでもいいし、自由帳にキャラクターの絵でもいいし
ドラクエ鉛筆サイコロでもいいよ

その努力すらできないなら専門学校に行く意味はないんだ

これもとーってもいい言葉だと思う。先に書いたとおり、与えられたカリキュラムをこなせば一流の人材として活躍できるなんて教育は無い。ありえない。どんな分野でも、特にプログラマに限っては自分で興味をもって積極的に勉強していくことが必要だ。そして、その勉強していくということが苦になるようではダメで、むしろ「勉強」と思わないほうがよい。単純な知的好奇心でどんどん専門分野を掘り下げていけるような人はどんな分野でも強い。つまりそれは勉強している対象を「好き」であるということで、そうやって成長していける人は「好きこそものの上手なれ」というやつだ。

「どーしてもその職業になりたい」のならば学費を稼いだ上に自分で今できるゲームを製作するくらいのことは当然できるはずで、その程度のことすらできないのであれば、独学で勉強する程度の積極性は無いのだろうと思ってしまう。

※専門学校の授業料は高いが、奨学金も併用すれば勉強に支障がない程度のバイトを継続しつつ卒業まで乗り切ることができるだろう。バイトもプログラムが打てるようなものを探してくれば一石二鳥だ。

101: 名無しさん@おーぷん 2015/05/05(火)15:53:22 ID:n6A 
体験入学とかやってるとたまにいるんだけど
俺の先輩が同人ゲームつくってて俺も手伝ってるんです!って言う子アホだよね
自分で作ってなくてすでに高校の時から採取される側ってことが分かっていないんだ
僕たちにとってそういう子ほど良いお客様なんだ

これもとってもいい言葉だと思う。でもまー、こういうビジネス的な発想が高校生のうちからできるかどうかはちょっと疑問が残る。高校生くらいなら特に何も考えず「先輩と一緒にゲームを作ってるんだ!素敵だ!」というふうに思ってしまいそうだ。そしてそのこと自体は悪い事ではない。私もそういう部分はもしかしたらあったかもしれない。しかし大人の視点から見ればやっぱりアホだと思うが。

ただ、高校生だからという余地はあったとしても、それでもやはり世間を知らない高校生なのだからこそ、「自分一人でも大作を作ってみせる」くらいの意気込みを見せてほしいと個人的には思う。ということで、どういうふうに捉えても「俺の先輩が同人ゲームつくってて俺も手伝ってるんです!」なんて言葉は好意的には受け止められない。「俺の先輩」が同人ゲーム作っているなら自分も(自分オリジナルの)同人ゲーム作ってみようとか思わないのだろうか?少なくとも私だったらそう思う。あいつに出来るんなら俺はもっと良いものが作れると思っていた。そして実際に作っていた(出来は置いておいて)。

106: 名無しさん@おーぷん 2015/05/05(火)15:56:44 ID:zXj
漫画もゲームも声優も入学するまでまったく経験ゼロで
1から人に教えてもらうのを待ってる奴って成功しないよね

プロの漫画家は小さい頃から何かしら描いてるし

111: 名無しさん@おーぷん 2015/05/05(火)15:59:40 ID:n6A
>>106
間違いないね!でもあまりそれを大きな声で言うと収入が減るから簡便なんだw

118: 名無しさん@おーぷん 2015/05/05(火)16:03:39 ID:8w8
>>111
見の蓋もないことを言わないのは商売だし当然だと思う
で、入学する高校生たちにはカリキュラムの説明とか難易度の話は事前にするのか?
122: 名無しさん@おーぷん 2015/05/05(火)16:05:56 ID:n6A 
>>118
そうだね!商売の基本だよね
入学する学生には良いことばかり言うよ!でも嘘は言わない
それは裁判になったら困るからね
126: 名無しさん@おーぷん 2015/05/05(火)16:09:13 ID:8w8
>>122
嘘は言わないけど都合の悪いことは言わないってか
まあ、そういう商売もありだと思う
でも正直言って尊敬できないタイプの人間だな

これも良いやりとりであると思う。結局専門学校はビジネスだということなのだろう。126が「尊敬できないタイプの人間」と言っているのも注目すべきポイントではないだろうか。「嘘は言わないけど都合の悪いことも言わない」、それは何のビジネスでも大抵そうである。一度社会に出て社会人として商取引を経験したり、消費者として大きな買い物や契約をしたりすれば自ずと知れる常識である。…というか、社会に出ていなくても、数多の競合する工業製品の中から一つを選んだりするときとか、課金方式のゲーム一つでもやっていれば分かることだろう。

そんな常識を「商売だし当然と思う」と一度は認めながらも、次のレスでは「そういう商売もありだと思う」と、やっぱり例外的であるように述べたり、さらには「尊敬できないタイプの人間」などと組織としての方針と個人の人格をごっちゃにしているあたり、まあ、私が何を言いたいか察してほしい。

自主性、主体性、目的意識の欠如

結局こういう話は私の場合同じ結論に至るのだが、昨今の学生は自主性、主体性、目的意識みたいなものが欠如しているケースが多い気がする。昨今はと書いたが、私は昔から大人であったわけではないので、いつの時代も社会人から見て学生は「自主性、主体性、目的意識みたいなものが欠如している」と感じるのかもしれない。私も周りの大人からそう思われていたのかもしれない。

もしくは、私の居る会社や身を置いている環境が社会一般のレベルから大きく下がっていて、ざっくばらんに言えばアホな人間ばかり(私含め)が集まってきているので、普通の学生は自主性も主体性も目的意識も十分すぎるほどあるのだけど私の周りが特殊ということかもしれない。

それらは大規模なアンケートや試験を行わない限り確かめようがないのでひとまず放っておき、ともかく、私が言いたいのは上記のようなエクスキューズをしたうえで(最近の)学生は「自主性、主体性、目的意識みたいなものが欠如している」と思うという事である。

以降は私が感じた印象であり、それ以上でも以下でもない。

殆どの学生は以下のように思っているのではないか。

「義務教育の内容をしっかり勉強して塾に通い勉学に励めばいい学校に入ることができる。いい学校に入ればいい就職先が見つかる。良い企業に勤めて長きにわたり働くのが堅実で良い方法である。皆それを目指して努力するが、必ずしも皆がトップの学校に進めるわけではないので、それなりの能力の人はそれなりの学校に行き、それなりの企業に勤めることとなる。こうして人間の能力値に応じて偏差値50を中心として学生がそれぞれのランクの大学に正規分布して入学し、そのままそれぞれのランクに応じた企業に入社する。大事なのは選択だ。高校を選ぶ、塾を選ぶ、大学を選ぶ、企業を選ぶ。その選択に間違わなければ、平均から大きく外れることは無い。そしてその大きな選択の節目(入学試験、就職活動)に備えて人一倍努力する必要がある。」

このような考え方はそれぞれの部分を見ていたら間違っていないように思える。卒業大学の偏差値と生涯年収には多分それなりに相関があるだろうし、日本の大学では入学してから卒業するまでに単位を履修するよりも入学試験のほうが苦労したりする(私は逆だったけど)。

ただ、一つ言わせてもらうとここには非常に重要なものが一つ抜け落ちている。それこそが主体性である。

前述の考えの中には一切「自分はどうしたいか、どうありたいか」という意識が無い。漠然とした「安定した暮らし」「堅実さ」への志向がうかがえるだけである。

「安定した暮らし」「堅実さ」を追い求めること自体は悪い事ではない。「私は別にトップを目指さなくても、平凡な年収で平凡に暮らせていたらそれでいいよ」と言うひともいる。それはそれで個人の考え方なので否定しない。大いに結構だろう。が、その上で私はずっと働き続けるのだから多少なりとも好きなものを仕事にした方が良いのではと思うのだが、いかがだろうか。

それに、「安定した暮らし」「堅実さ」はそれを唱えていれば得られるものでもない。長期にわたって安定して働くためにはある程度の能力が必要だ。今後の社会は生産性向上や雇用の流動性というのがキーワードになる。そのための法整備も進む(もっと言えば私はこの流れに大賛成である)。「大企業にさえ入ってしまえば定年まで何とかそれなりの給料は貰える」という時代は徐々に終わりを迎えつつある。

長期的に「安定した暮らし」を確保できる程度の能力を(時代の変動を加味した相対的なレベルで)維持するのは学習や訓練の継続になるからしんどいだろう。ではそのしんどいことを長期的にやり続けるモチベーションや向上心の源泉はどこからくるのか。それはやはり、単純な好奇心だったり好きという気持ちであると思う。義務感や正義感だけでこれを成し遂げるのは少なくとも私は出来る自信は無い。

もし、私が仕事において最も大事なものを一つ挙げろと問われれば、まず間違いなくその職業(業務)を「好きである」ことを挙げる。

対象を好きだという気持ちがあれば自然に好奇心がわく。好奇心は向上心につながる。向上心は練習や学習につながる。そうすれば自ずと夢を実現する方向にベクトルが向いていく。もちろん、その過程では「好き」とは関係ない受験や試験が待っているかもしれないが、明確な目的意識があるのと無いのとではそれに向かう姿勢もだいぶ変わってくるだろう。

…というような思いが私にはあるため、冒頭で紹介した専門学校職員によるQ&Aというのはまさに私が言いたかったことと一致するように思えた。

「自分が好きなことをとことん追求していけばよい」、これは私には至極簡単で受け入れやすい事のように思える(最終的に行き着くレベルがどうなのかは置いておいて)。しかしながらそういう発想で就活している学生をただの一人も見たことが無いのは非常に不思議だ。

私の会社はプログラムを組むことがメインなのだが、しかし誰に聞いても「プログラムが好きで好きでたまらない」という答えは返ってこない。一人くらい居ても良いと思うのだが。私は常々不思議に思っている。