圏央道の行政代執行の詳細

ずいぶん前の話になってしまうが、書いてみる。

こないだ、桶川北本IC―白岡菖蒲ICあたりを通ったのでふと思い出して再度調べてみた。そしたら、事の詳細が書いてある記事を発見したので紹介したい。

概要

圏央道は正式名称を首都圏中央連絡自動車道という。東京近郊の市を繋ぎ、環状に伸びる高速道路ですでにかなりの区間が開通している。以下は国交省HPからの引用

今回は、この地図上左上に位置する未開通区間、桶川北本IC~白岡菖蒲IC間の話。

詳細

個人的にここの区間の開通は心待ちにしていた。私の住む八王子から実家のある秋田に帰るために東北道を利用することが多いのだが、ここが開通してくれると非常に都合が良い。現状は関越を通るか、首都高を通って東北道まで行くか、本未開通区間だけ一般道を走るかの3つの選択肢になる。外環道が全線開通すれば4つ目の選択肢が出来るが、位置関係や混み具合から考えても圏央道より特に便利ということはないだろう。

関越道を通るルートは、高速が新潟で終わってしまうためその後は国道7号線を走り続けるしかない。このあたりも日本海東北自動車道が整備されてきているものの、まだまだ未開通区間は多い。

首都高を通るルートは渋滞が多い上に高速料金も余分にかかってしまう。特に渋滞は深刻で、今後は東京オリンピックに向けてあちこちで工事を始めるだろうからなおのこと通りたくない。

で、現状は圏央道を通り、未開通区間はいったん下に降りるということになる。一旦降りても料金的には首都高を通るより安く、時間も早いと思う。渋滞していなければ圧倒的に首都高を通った方が早いだろう。

桶川北本IC~白岡菖蒲IC間を一般道で移動するのはなかなか時間がかかる。抜け道も多いのだが、JR高崎線を超えたあたりからどうしても混みやすい道路を走らなければならない。だいたい40分くらいかかるのだろうか。この区間を高速道路で走行できたら、30分は短縮できるのではと思う。

本区間は本当であれば14年度中に開通しているはずだった。工事が遅れた原因は用地取得がうまく進まなかったため。よくある話だ。

以下に詳細が載っていた。

圏央道用地の行政代執行が終了 県内区間全線開通は15年度に

 要約すると、工事区間の一部の土地に高さ約12メートルのヒバ1本と母屋の基礎が残されていたそうだ。その土地の所有権は農業を営む80歳のおじいちゃんから国へ2013年の時点で移っていたそうなのだが、おじいちゃんが「ヒバを移植したい」と希望、そのために工事が進まなかったそうだ。2014年5月19日には土地収用法に基づく土地明け渡しの採決をしたがこれに応じず、国交省が行政代執行を請求。県はおじいちゃんに対し5回自主撤去を求めたそうだが応じなかったそうだ。

 男性側は「ヒバを移植する時間を取ってもらえなかった」と反発。県収用委員会は「移植期間を考慮し明け渡し期限を決めた」としている。

ということらしい。

個人の権利と公共の福祉

この話を嫁さんにしたら「国がそんなことしていいの!?」と少し驚いていた。良いんです。憲法にもそう書いてあるんです。じつはこの話を書くのは二度目で、一度目は下記。

圏央道と日本国憲法

上記記事の一部を再掲すると、土地収用法の根拠となる憲法条文は日本国憲法29条、第3項である。「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。」と書いている。公共の為ならば私有財産は正当な補償を支払ったうえで利用できる。

これは当たり前のことだと私は思う。個人の権利をどこまでも認めてしまったら国家運営や都市計画は立ち行かなくなる。

最近はとかく、個人の自由とか権利とかが強調されがちだか、何事にも限度がある。言い方は悪いけど、一人がゴネてるせいで全体の利益が損なわれるのは避けたい。一人が折れることで(しかも相応の保証がある)みんなが幸せになるのであればそのほうが望ましい。

たとえば、この圏央道のケースでは地権者の希望は「ヒバを移植したい」ということであった。地権者であるからその希望は尊重されてしかるべきである。そのため、県収用委員会はそれを考慮して明け渡し時期を決定した。これは常識的な範囲での最大限の譲歩であると私は思う。事実、完成時期が延びたのだからギリギリまで待っていたということなのだろう。

で、今回のケースではギリギリまで待ってもおじいちゃんがヒバを移植する手続きを進める様子は無かった

すると、工期を遅らせてもう少し待つべきなのか、それともおじいちゃんの要求を突っぱね、工事を進めるのかどちらかのオプションを選択することになる。それはどのようにして決めるべきだろうか?

基本的に国家運営は全体の利益を優先するという基礎の上に成り立っていると思う。たとえばISISによる邦人誘拐でもそうだ。日本は国際社会の一員としてテロや不当な暴力組織とは真っ向から戦うという姿勢を見せなければならない。それらに屈する日本の姿を内外に見せてはならない。身代金を払えば誘拐された人たちが無事に帰る可能性は高い。しかしそれはしない。国家外交のほうが大事だからだ。

また別の話で与那国島に自衛隊の駐留や沖縄の基地問題などがある。地政学的な見地から考えても、軍事的な側面から航空機の航続距離や部隊の展開速度を考えても、日本の安全保障上沖縄から遠く離れた位置に基地を移設するというのはあり得ない。これも日本国全体のために沖縄に負担を強いる全体主義と言える。

と、ここまでいかにも「国家による横暴がひどい」みたいな書き方をしてきたが、わたしはそのようにして個人の利益をある程度犠牲にして多数の利益を優先するのは私は正しいと思う。国家が国民一人一人が幸せになるような妥協案を模索していたらきりがないし、明らかに非効率だ。それよりも個人が変化するほうがずっと容易だし、合理的だと思う。

ただ、公共の利益を追求する代わりに個人または特定の集団の利益をどこまで犠牲にしてよいかは倫理哲学の話になってくるし、個々のケースにもよるだろうし、各々の価値観にも依存するだろう。だから簡単に結論が出るわけではないが、少なくとも圏央道の強制代執行は妥当であると思う。