私のブラックバイト体験談

ブラックバイトなる記事を読んだ。

ブラックバイトに食い潰される学生、奨学金返済で困窮し20代ホームレス増、サラ金借り入れの7割は若者

学生を潰す「ブラックバイト」の厳しく過酷な実態

学生追いつめる「ブラックバイト」過酷実態 それでも辞められぬ“3つの理由”

何ともまあひどい事であるな、と思う。それで思い出したのだが、ここまでひどくはないが、私も似たようなことを経験したことがある。

ひとつは塾講師。その塾は東北ではそれなりに数が揃っている塾で、おそらく各県の主要都市には存在していると思う。初日に説明を受けたが非常にぞんざいな内容であった。お前が担当するのはこいつらだと小学生から受験を控えた中学生3年生、最年長で高校2年生まで10人くらいの生徒をいきなり割り当てられた。私は何か塾で使用しているテキストか何かがあり、講師はそれに対する解答と指導のポイントなんかが書いたものを持っており、ここはこうこうこういう風に考えるザンスよ、みたいな事を教えると言う統一化されたシステムのようなものが出来上がっているのだと思った。

それを問うと、「みんなあれをコピーして使ってるけど」と塾長が指差した先には市販の問題集がある。つまり違法コピーしろというのだ。「決められたテキストとか無いんですか」と問うと、「無いよ。だからみんなあれをコピーして使ってるよ」と面倒くさそうに言う。つまり自分の意志で違法コピーしろと。塾側はそれを指示していませんよ。個人的に違法コピーをやってるんですよ。と、そう言いたいのか。結局、生徒の名前、違法コピー推奨という二つ以外に何も教えてもらえず、次回から実際に教えることとなった。

で、当日は引き継ぎなどが何もないのでまず生徒の顔が分からない。ほったらかしにされた私は生徒一人一人に名前を問うて自分の生徒を発見。前回までに他の講師がやった内容を確認して、その場で臨機応変に対応しなければならない。きつかった。それ以降は10人くらいの生徒それぞれに対してやらせる問題集の違法コピーを毎日行い、それに対してどう教えるべきかの準備をも行った。もちろんこの時間に時給は発生しない。これは多くの塾でも同じだと聞いた。塾講師のバイトは時給が良さそうに見えるが、このような時間には時給が発生していないために実質的な時給はそれほど良くない。

それでもそこの塾長が「一緒に頑張ろうぜ!」という姿勢だったらまだましだったのが、こいつの性格が最低で、バイトのいびりがひどい。まず必要な連絡を行わない。確か月謝の徴収だかスケジュールの調整だったか、月に一度必ずやらなければならない業務があったが、私はその存在すら知らなかった。後になって「お前が聞かなかったから俺は教えなかった。待ちの姿勢だからこうなるんだ。もう期限は過ぎているがどう責任を取るつもりだ」とか言われて、この時ばかりは私もあったまにきて「そもそも私は業務内容を教わってないので聞く必要があるという事すら知らないんです。あなたが連絡すべきだったことを怠ったんでしょう。それを私のせいにしないでいただきたい」と思い切り怒鳴った。このようなことは私にだけでなくすべてのバイトに対して行っており、私はムカつくことには真っ向から反論して怒鳴り散らすタイプだったが気が弱くて何も言えないような人は見ていて心が痛んだ。

そのような人間と働くのがまず嫌で、さらに大学の卒論も時間が取れずに支障をきたしていたので半年くらいですぐ辞めたように記憶している。

また、給与は源泉徴収していたにも関わらず、年末調整で所得税が返ってくることは無かった。源泉徴収票すら来ず、こちらから再三請求してようやく手元に届いたのは夏を過ぎたころであった。これは次の年に自分で確定申告を行って返還されたが、まあ1万円にも満たないくらいだったと思う。

これで私が学習したのが、まず小さな組織ではトップに居る人間がダメだと救いようがないので相当に警戒する必要があるということ。有名企業であっても内部の実態は良いとは限らないこと。そして自分に子供ができたときに塾に通わせるのはやめたほうがいいということの3点だった。私の嫁さんも塾講師を一時期やっていて、3点目についてはお互いの意見が一致している。ネットでも何度か同様の意見を見たことがあるが、塾というのは親を安心させるためのサービス業であって、勉強を教える場所ではない。

もちろん、世の中には子供の力を伸ばす優れた塾もあるだろう。しかし、その塾に運よくめぐり合うことの出来るかどうかが重要だ。少なくとも現時点では、私は自分の子供には自分で勉強を教えたいと思う。

もう一つのバイトはホームページリニューアルの仕事。こいつも中々にキツイ仕事であった。

巨大な某監査法人のサイトリニューアルの仕事で、すべてのWebページは静的なhtmlで作られていた。今であれば巨大なサイトでCMSを使わないのは珍しいかも知れないが、まだブログが世に出る前のことであったからそれも仕方なかった。で、このサイトにある数百~千ページにわたるナレッジ、ニュースリリースなどのhtmlを一つずつリニューアル後のデザインに置き換えていく作業であった。今であったら何かのスクリプト言語で一括変換をかけるところだが、当時はまだ私のスキルも未熟であったし、便利なパーサーその他のライブラリも無かったように思う。

で、このリニューアル作業にかける時間は実質1週間程度であったと思う。その仕事を請け負った会社は従業員が10人程度の小さい会社であるから、当然リソースが足りない。このために私がバイトとして入ったほか、さらに5~6人の短期アルバイトを雇ったとのことであった。ちなみに作業は自宅で行っていたため、会社の雰囲気等々は分からなかった。

最初の2日程度は私は平穏な日々を過ごしていた。与えられた仕事はそれほど多くなく、せいぜい4時間も働けば終わるものだった。しかし雲行きは怪しくなり、「もっと依頼する量を増やすことは可能ですか」というメールが届いた。よくよく読むとそれは悲痛なメールであった。

作業が始まったが、この2日間で私以外のバイト5~6人は1ページも仕上げることができなかったらしい。田舎であるし、ネットもまだ今ほど普及する前であったからhtmlの知識を持った人間などそういなかったことは容易に想像できる。おそらく「MS Officeが使えます」程度のスキルを持っていれば採用したのだろう。

その時は1ページいくらという単価で契約していたため、私は金がいっぱい貰えると喜んで良く考えもせず二つ返事でそれを了承した。かくして私は7人分の作業を背負う事となった。しかし、それを完遂する自身は十分にあったし、何よりも報酬が魅力的であった。作業すればするほどお金がもらえるのである。1ページ修正するのに平均して10分程度の時間がかかり、それが500ページほどあったから作業時間は3.4日。この仕事を4日くらいで仕上げたので仕事をしている間はほとんど寝ていなかった(当時は長期休暇中だった)。

依頼された時点でこの程度のスケジュールになるだろうとは分かっていたが、しかしそれにしてもしんどい経験であった。実質作業していたのが1週間くらいで、およそ24万円くらい稼いだと記憶している。これにはとても達成感があったが、結局その24万円の使い道はほとんどが生活費や学費となり、手元に残ったのは4万円で買ったFujifilmのF810というデジタルカメラだけだった。ちなみにこのカメラはもうすぐ3歳になる娘のおもちゃになっている。

こちらのバイトは場当たり的なプロジェクト運営と典型的なデスマーチで、かつプロジェクトが早期に崩壊した後に最終的にはバイト頼りという中々のブラックバイトと言えるのかもしれないが、私としては先に書いた塾講師のバイトよりはよっぽど気が楽で得るものも大きかったように思う。

社会人になってからもいろんな仕事を経験したが、今振り返ってもしんどい仕事が多かったように思う。やっていて楽しいと思える仕事はほんの一握りにも満たず、だいたいしんどかった。だから仕事というのはきついのが当たり前で、楽な仕事は無いと錯覚しがちだがそれはやっぱり錯覚であって楽しい仕事というのはあってしかるべきだと思う。そういう気持ちがあるからこそ、ここ1~2年は転職すべきか我慢すべきか大いに悩んでいるのだが、答えは出ない。