節分の文化

2月3日は節分ですね。

うちの実家の節分は少し変わっています。豆は大豆ではなく落花生。また、「鬼は外」とは言いません。

調べてみたら、落花生を用いるのは東北ではよくあり、特に北海道に多いようですね。その背景は詳しくわからないのですが、片付けやすいですし拾ったあと食べれますし合理的なような気がします。大豆で豆まきをする家庭では豆まきをしたあとの豆はどうやって使うんでしょう。まあどうにでも料理できるとは思いますが、そのまま食べれたほうが楽ですよね。子供の頃、テレビで豆まきをしている風景を見たら豆が小さかったので衝撃を受けた記憶があります。あと、でん六豆も必ず食ってた記憶があるな。

で、もう一方の「鬼は外」とは言わない、というのは具体的にどういうふうに豆を撒くかというと「福はうち」とだけ言って豆を撒く。鬼は居ない。以上。なんとも盛り上がりに欠ける豆まきです。

その理由を母親に問うと「鬼が居ないからだ。鬼が居ない家で鬼は外とすると鬼が帰ってこなくなる」というので、「鬼とは誰のことか」と問うと「父親だ」と言っていた。私の実家では今もそうだが、父親は冬になると出稼ぎに行く。大雪が降る地域では農家は冬になると稼ぐことができない。地元で何か冬季に出来る仕事があればいいのだけど、ない場合は出稼ぎに出る。その父親が家に居ないうちは「鬼は外」としてはならないのだそうだ。

同様の文化があるかどうかぐぐっても同じような例があまり見つかりませんでした。唯一見つかった記述が以下ですかね。

豆まき | 日本工学院北海道専門学校

一度、豆まきをしたいとママに言ったところおじいちゃんが、出稼ぎで家にいないからダメと、怒られました。

一緒にすんでいる家族がそろってないのに豆まきをすると、その人が家に帰ってこられなくなるからだとか・・・

以下も同じように「鬼は外」と言わないのですが理由が違います。

成田山新勝寺

不動明王の前では鬼さえ改心するため鬼はいないとされており、成田山では「鬼は外」を言わず、「福は内」のみを言うのがならわしとなっている。

出稼ぎをする地域では結構一般的なことだと思っていたのだけど、その割には記述が極端に少ないですね。

ちなみに出稼ぎは子供ながらにしんどいだろうなあ、と想像していたのですが大人になってから父親に給与を聞いてびっくりしました。友達が某有名企業の役員の息子で、父親の給料額をべらべらと喋っていたことがあったのですが、その給料よりも高かった。昔父親が欲しがっていた一眼レフをプレゼントしたことがあったが、出稼ぎ先の写真を見ると楽しそうな写真が沢山写っており、なんかイメージと違うなあと思った。いいんですよ。いいことなんですけどね。