どういう車記事がウケるのか

当ブログでは車に関する記事を多数書いている。どういう記事が読まれているか、どういう記事に価値があるのか、の考察をしたい。

アクセス数が多い記事

アクセス解析を見るとダントツで多いのが「ミニバン比較」の一連の記事である。次に多いが「次期プレマシーはいつごろ登場するのか」という一連の記事。あとは散発的にマツダコネクト関係の記事にアクセスがある。デミオの発売前に最新情報を追う記事にもアクセスがあったが発売後はこういう記事には価値がないのでアクセス数の増加は一時的なものだった。

あとは「クリーンディーゼルは普及するか」などの少し長めの読み物系の記事にもそれなりにアクセスがある。

私がアクセスが見込めると思った記事

ミニバン比較」はアクセスがそれなりに見込めると思って書いていたが、正直ここまで多くのアクセスを頂くとは思わなかった。それ以外の記事はそれほどアクセスが見込めるとは思っていなかったので個人的には意外であった。

私がアクセスを見込めると思って書いたが殆どアクセスが無いものとしては次のようなものがある。

まずは「燃費・ローンシミュレータ」だ。これは我ながら優れたツールだと思っている。ある車の燃料費とローン支払いに幾らかかるのかをざっくりと判断するのに適している。新車購入時に経済的な面を評価するのに必須と言ってよい。しかしながら1日のアクセス数はおよそ20未満の日が多く、まったくと言っていいほど使用されている形跡がない。

個人的には方向性としては間違ってないと思うのだが、いまいちUIがよろしくないことに加え同種のサイトが多数あり検索に引っ掛かりにくいからだと考えている。やり方を変えれて機能とUIを吟味すればもっと有用性に気付いて貰えると思っている。

ちょっと困っているのが「加速の比較」シリーズの記事だ。これも私はアクセスが見込めると思っているのだがいまいち結果が芳しくない。本ページにある「最近の人気記事」はここ一週間に公開された中での閲覧数ランキングに基づいているが、これを見ると下位の方だ。1日のアクセス数は数百件と書いたばかりにしては悪くない数字だと思っているが、個人的には少なくとも「最近の人気記事」でぶっちぎりのトップを取るくらいのアクセスはあって良いように思っていた。

今回の記事はこのあたりのギャップについて考えてみたい。

数字と文章のギャップ

これは以前から感じていたことだが、数字で定量的なデータを示した記事よりも、個人的な感想文になっているような記事の方がアクセス数が多いような傾向がある。私としては価値のある記事は数字によって定量的なデータを示した記事であると思う。

特に車に関して言えば私は個人や車評論家のレビューをあまり当てにしない。個人の感覚ほどあいまいで信用できないものは無い。こんなことは科学の世界では当たり前の話なのだが、車や家電製品のレビューとなると途端に定量的・客観的な評価が抜け落ちて主観的な感想文が多くなる。

たとえば「実用速度域で十分な加速力」とか、「人馬一体の走り抜ける気持ちよさ」とか、「ディーゼルならではのトルクフルな走り」とかいう文言は感覚的になんとなく理解できるものの、その実はもっぱら個人の印象に基づいており、何ら客観的な評価になっていない。

そうではなく、カタログスペックから理論的に求めた加速度の最大値、加速度の変化、最高速に至るまでの速度変化を示せば数値から「XXという車はYYという車のおよそZ倍の加速力を持つ」とは言える。そうすればそれを見た人は「この程度の加速があれば十分だな、満足だな」と判断したり「いやーもっと速い車が欲しいなあ」なんて思ったりできる。数値やグラフなどによって性能を表せば少なくとも評論家が書いたレビューよりは客観的な評価ができる。

と、こういうことを書くと決まって「スペックでしか車を評価できないなんて視野が狭い」ということを言う人がいる。それは一理あると思う。が、しかし、数値で評価できる軸があるということは、実際に車に乗って感じたことを文章にすることでは決して得られない情報がある。数値上の比較ができたうえで、そのデータから見えてこない部分をユーザーレビューや評論家のレビューで補い、最終的に自分で試乗して確かめれば合理的な評価が出来る…と思われる。少なくとも私はそう思う。

しかしながら数値で車のデータを評価するとなると、情報源が無い。現状はスペック表を眺めて分かる以上の情報が提供されているサイトは無い。だから客観的な評価をしたくても限定されている、という事がまず言えるだろう。で、あるからそこで追加のデータやわかり易いビジュアルデータを用意することにはそれなりの意義がある、というのが私の基本的な思いである。

だからこそたとえば「加速力の比較」みたいな記事ではアクセスが見込めると思った。が、現実は期待したほどアクセスが見込めない。アクセスが無いと言うのは人々にとってそれほど重要な情報ではないからだ。なぜ重要でないのか。それはこれまでに述べた「データで比較する」という発想に至る人が少ないからではないか?と思うのだ。

つまり、人は数値によるデータよりも主観的な評価のほうを好むのではないか、という予想である。そう考えると私のサイトで個人的な感想を書いている記事の方がアクセス数が多いという傾向にも説明が付く。

簡単に言うとこういう事である。※下記加速タイム、記述は例として適当に考えたもので根拠は無いです

  • マツダCX-5の0-100km加速タイムは7秒であったのに対し、ホンダN-BOXの0-100km加速タイムは12秒だった
  • マツダCX-5は低速領域で背中がシートに吸いつけられるような圧倒的な加速力を感じた。それに対してホンダN-BOXは実用的には問題ないものの、もう少し加速の伸びが欲しいと感じた

どちらの記述が参考になると感じるだろうか?定量的・客観的な評価は前者である。後者は単なる感想であり、専ら主観的であるため、あなたが同じように感じる保証は無い。この評価を信じてCX-5を買ったが加速感に物足りなさを感ずることはあるかもしれない。逆に、N-BOXを購入して走らせたら想像していたよりもよっぽど爽快な加速感を感じて満足するかもしれない。それに対して前者の評価は測定方法や環境、製造車両によって違う値になるかもしれないが、だいたい同じ値が計測されることが期待される。

以上のようなことを踏まえたうえでも、恐らく、後者の方が参考になると感じる人が多いのでは?とわたしは考えたのだ。

私自身、前者による評価の方が客観的で参考になるとは思うものの、後者のほうがより運転している場面が想像できて分かりやすいような印象を受ける。考えて見れば確かにその通りで、0-100km加速タイムで5秒の差だったと言われてもその5秒が実際に運転してどの程度の差であるかというのは想像しにくい。結局定量的な差を明示できたとしても、その定量的な差がどの程度の量として知覚されるかということを想像できない限りはあまり嬉しくない。それに対して修辞的に表現された文章は人の想像力を書きたてるので読んでいて参考になる、分かりやすいと思ってしまう。

これまでに当ブログで公開したゼロヨンの加速タイムなどの記事の感想を車好きの友人に聞いてみたりもしたが、答えは「あんまり良くわからない」ということだった。昔から車が好きで、SFCのゲーム「ゼロヨンチャンプ」にはまりゴキブリ退治ゲームに日々いそしんだような人間が、である。その様な人であってもゼロヨンタイムのデータを見せても分かりにくいと感ずるのである。

しかしそれはある意味当然だともいえる。比較対象がないからだ。たとえば自分が普段乗る車のタイムが分かれば参考になるのでは…と思った。そして私は自分自身を実験台に、プリウスに搭載されるTHS-2システムを何とかそれなりの結果が出るように数式で表現し、私の所有するプリウスの加速を計算で求め、そして比較できるようになったがそれで他車との比較が出来るようになったかと問われれば微妙なところだ。

まとめ

私は計算によって求めたデータが揃えば競合相手に対するアドバンテージになると考えていた。しかし、それだけではおそらく不足だ。その原因は数字の世界と人の気持ち、感覚の世界の間には隔たりがあるということだと考えている。で、あればそのギャップを埋める方策が無い限りはいくら定量的な評価が整ったとしてもあまり意味がない。ではどうすればそのギャップを埋めれるのだろうか?というあたりに車比較サイト成功の秘密がありそうだ。