街頭演説/選挙カーは要らん

ちょっと前に衆院選ありましたが、そこで思ったこと。

街頭演説は要らんと思う。最近も共産党(市議会議員か何か)が私が利用する駅の駅前で演説していたのだが、その主張をざっくり聞いてみると、「円安は輸出企業には恩恵があるが、その他の企業にとっては原材料費の高騰につながりよくない。アベノミクスせいでこうなった。我々はこれを是正したい」という旨の事を喋っていた。

今の為替、つまり120 USD/JPYが高いと主張するならば、ではどのあたりが適正レートなのか。115円なのか。110円なのか。その根拠はなんなのか。根拠は正しいのか。どうやって円高方向に誘導するのか。実現可能性はどうか。そういうことも同時に説明してしかるべきだと思う。だって我々有権者のほとんどは適正な為替レートが幾らかなんて分からない。たぶん経済学者だって「適正レートはここだっ!」ズババーン!みたいな感じで断言するのは困難だろう。

しかし彼らは今の状態を高いと言っている。そして円高方向に誘導すると言っている。でもその具体的な部分は説明しない。これはつまり、「今は安いから高くするよ。どのくらい高くするか?まあ、それはとりあえず円高方向に誘導してみてですね、情勢を見つついい感じになったら漸近的にやめていけばいいと思いますよ。ウィッシュ。コングロマリット。」以上のメッセージは無いと思う。俺はそんな適当なやつに政治を任せたくないね。

どうせ、有権者に難しいことを言っても分からないと思っているのだろう。街頭演説では説明しきれないと思っているのだろう。だったら街頭演説なんてやめればいいと思う。胡散臭いだけである。たとえば自身のブログでじっくりと自説が正しいことを述べればよい。又吉イエスが「詳しくはXXXを参照し、熟知すべし。」などと言っているのはそういう点では正しい方向だと思いますよ。難しいから説明しないという態度は好ましくないと思います。かのリーナス・トーバルズは「ある物事を理解した、とはそれを自分のおばあちゃんにも説明して理解させることができるということだ」と述べている。たしか。

ただ演説している人らもバカではないので、その辺は当然織り込み済みであえて街頭演説をやっていると思われる。つまり、どうせ有権者のほとんどはバカなのだから、政策が妥当か、実現可能かなどと正直に精査するような連中はごく少数で、ブログにせこそこ書いても真面目に見るやつなどはほとんど居ないだろう。であればわざわざ時間をかけて自説を書くメリットは薄い。

大多数の人間は人柄とか自分にとって利益のあることを言っているか否か程度しか見てない。ので、そういうアホに対するメッセージとしては先に述べたような「非輸出企業にも恩恵がありますよ、現政権はあからさまに輸出企業、大企業重視ですよ」という意図が裏にあからさまに込められていてミスリードを誘うような演説にも効果がある、と判断してやっているのである。

そのあたりを考慮すると悪いのは演説してるやつというよりは大衆がバカなのが悪いのであり、国民はもっと知恵をつけねばらなぬと思うのだが、どうだろうか。

そいでさらに、このような考えを前提とし、「まあとりあえず名前覚えてもらわなきゃダメっしょ」的な考えなのだろうか、選挙カーに乗り込み「何某花子でございます」などと単に自分の名前を絶叫するだけの活動に終始して汗を流し「アタシがんばったわ」などと満足する、などと冷静に考えればそういう奇病を患っているとしか思えない行為にでる。アホではないだろうか。しかし前述のように、かのようなアホなことをする背景には、「あ、こいつの見たことあるな。こいつに入れたろ」くらいの気持ちで投票するアホがいることが原因である。名前の絶叫で効果が上がってしまうからやっているのであって、やはり大衆がアホであることが原因であるように思えてくる。

やっぱ最終的には政治はコンピュータに任せるべきだと思う。