無理に英語使わなくていいよ

なんか無理に英語使ってるひとが近くに居るような気がしたので書いてみる。どーでもいいことですが。

たとえば、リヴィジョンとかディフォルトとか書く人が居る。私はリビジョン、デフォルトと書く。そのほうが文字数が少ないから。リヴィジョンとかいう表記をしている人はどのようにしてそういうことになったのかすごく気になる。

たまたま、revision, defaultという言葉に対応するカタカナ表記を初めて見たときに「リヴィジョン」「ディフォルト」という表記であったのならまあ分かる。たまたま職場などのコミュニティでそういう表記が主流だったから、というのも理解できる。

しかし、それがもし「本来の発音に近いから」等という理由からそうしているのであれば、私は全くその意見には賛同できない。なぜか。結局、英単語の発音というのは日本語の発音とはかけ離れているので、どういう表記を使用と不正確であるからだ。実際の発音をもっとも正確に表現できるのは発音記号であり、カタカナの発音には当てはまらない。当てはまらないからこそ発音記号が必要だと言える。だから、「本来の発音に近いほうが良い」というのであれば、少なくとも「デフォルト」という発音よりもずば抜けて正確な発音に近いというメリットがあるべきだと思うが、実際はカタカナを使用しており、かつ、カタカナが正確な英語の発音を表現できない以上似たり寄ったりである。

加えて、明らかに国内では「ディフォルト」よりも「デフォルト」、「リヴィジョン」よりは「リビジョン」という表記の方が浸透している。少なくとも「ディフォルト」「リヴィジョン」という言葉でGoogle検索するとGoogleが訂正してくるほどには浸透している。「ディフォルト」を使うことに明確な目的がない以上、広く浸透している言葉を使う方が無難ではないか。もっと言えば、正確な表記にこだわるならrevisionとかdefaultとかそのまま書けや、と思う。

プログラムを組む仕事をしていると他にもこういう場面に出くわすことが多い。具体的には不正確な単語を用いていることが多い。例を挙げると「承認」を「sign」と表記している人がいて、なぜこのような表記をするのか私は全く分からなかった。作業結果報告書の中に出てきた言葉であったので、「承認」はapprove(approval)、confirmなどの単語に置き換えられるのが自然であると思うが、なぜsignなのか、もしかしてsignと承認は別物なのかと悩んでしまったが、しばらく考えてようやく分かった。これは報告書作成のアプリケーションなので、承認欄には誰かが承認したという意味を込めてサインを行う。だから「sign」と書いていたのである。しかし、そのアプリケーションは従来紙で運用していたものをデジタル化しようとするがために開発するアプリケーションであり、手書きでサインするなんてことは無いのである。もっと言えばsignatureとか書いているとよりわかり易かったのだが。

だったら私はそもそも日本語使えよと思うのである。なんとか英語にしようとして意味不明になるんだったら本末転倒である。承認を意味する英単語が思いつかなければsyouninと書いておけば日本人はみんな読めるのである。そもそも最近のプログラミング言語は大体Unicode(UTF-8)ソースを解釈できるので、日本語を含むUnicode文字を識別子として使用できるのである。だから「承認」は「承認」とそのままプログラム中でも表記できるのである。と、主張したことがあるが、「プログラムの中で日本語を使うと危険」と言われた。なぜそう思うのか、合理的な理由が私には思い当らない。動的言語なら分からんでもないが、静的言語であれば単純なミスタイプはコンパイル時にチェックできるはずだ。

というわけで、日本人だったら日本語使えや。と思うのだけど、かといって日本語の報告書とか仕様書を見ても日本語が崩壊していて一体全体何を言いたいのか意味が分からない文章を書く人が山ほどいるので、ここに書いたような主張もに事情生活で誰かに伝えることも指摘することも無く、まーどうでもいいや。と思っているのである。