円弧動エンジンとは何か

初めてこれをニュースで見たときの第一印象は、「ちょっと胡散臭いな」というものだった。

聞いたことも無いような会社からぽっと出た技術がニュースサイトで大々的に取り上げられ、かつ、新聞などの比較的まともなメディアでは取り上げられていない場合は私はかなり疑ってかかることにしている。このようなものは、実現性が無い技術だったり大きな問題点があったり、そもそも虚構を前提としていたりということが多い。大企業が(中小に比べれば)潤沢な研究開発費を投入して出来なかったことが小さい会社でいきなりできた、という事は絶対ないとは言い切れないが、ほとんどないだろう。で、それをあまり技術方面に明るくないニュースサイトが「これは凄い技術だ!スクープだ!」と取り上げてしまう…という流れな気がする。

ということで、今回も興味はあるものの完全に私は疑って調べてみた。

レシプロエンジンについて

レシプロエンジンの歴史は非常に長い。ピストンの往復運動という側面から見れば、古くは蒸気機関が栄えていたころからの技術である。Wikipediaで調べると、ピストンの往復運動による蒸気機関が実用化されたのは1705年、内燃機関のレシプロエンジンがそれを置き換えていったのは20世紀初頭からとある。蒸気機関を含めれば300年以上、化石燃料による内燃機関に限定しても100年の歴史を持つのが現在のエンジンである。色々な改良が施され、今も進化しているエンジンであるが、シリンダ内で燃焼したガスの膨張によりピストンを押し下げることで仕事を行うという基本形は変化していない。

このように長きにわたる歴史の中で、レシプロエンジンを置き換えるべく数多の技術が考案されただろう。しかしそのいずれもがレシプロエンジンを置き換えるには至っていない。マツダのロータリーエンジンもその一つだ。革新的な技術ではあったかもしれないが、レシプロエンジンを置き換えるまでのものではない。

円弧動エンジンの持つ具体的な特性として、以下の記述を見つけた。

次世代パワーユニット「円弧動エンジン」の開発連携企業を募集…2017年3月完成予定

「円弧動エンジン」の重量は、同程度の排気量を有するレシプロ式エンジンの10%を下回る15kg以下とすることができる。エンジンの小型化により車体総重量の軽量化も図ることができ、排気量1000ccの円弧動エンジンで従来の2000ccエンジンの性能を確保し、燃費を3分の1以下にまで低減することが見込まれるという。

これが本当であれば革新的な技術と言っていいだろう。でも、本当に100年の歴史を持つレシプロエンジンよりも優れているのか?という疑問はやはり持ってしまう。

円弧動エンジンの詳細

「円弧動エンジン」の特許を持っているのは「日本ソフトウエアアプローチ」という会社。なんとソフトウェアの会社である。ホームページに詳細な技術資料があるので読んでみた。

円弧動エンジン技術資料

こちらに3Dの動画イメージがあるのでご覧いただければ、大体どんなものか想像がつくだろう。大ざっぱなイメージを頭の中で膨らませたところで、資料を読んでみた。

ざっと読んだところの率直な感想は、定性的なことは色々書かれているが、解析的・定量的な評価があまりないように思う。グラフや「x%削減」などという文言は多数掲載されているが、それを算出するために必要な式と値が載っていない。

疑問

実は私は力学が大の苦手。なので変な事を言っているかもしれない。それを前提に読んでほしい。

疑問その1はピストンに加わる力。ピストンとピストンが接続される軸の構造は非常に脆弱なように思える。極端なことを言えば、羽が二枚ついたプロペラに負荷を繋いでぐいぐい手で往復運動させているようなイメージだ。このような構造でピストンと軸の接合部の強度は十分に保てるのだろうか。

加えて、技術資料中ではシリンダ内部の表面積が小さいので冷却損失が小さいと言っている。これは言い換えれば冷却効率を挙げることができず、熱がこもり易いとも言える。このような過酷な環境下であのような構造のピストンが耐えれるものなのだろうか。たとえば、極端な例だとシリンダブロックを断熱化したセラミックエンジンは赤熱するほど温度が上昇するという。そこまでには達しないだろうが、通常のエンジンよりも高温となるのは間違いないような気がする。温度が高くなると当然ピストンはもろくなる。

なので、冷却損失云々というか、むしろこのような構造だと積極的に冷却してシリンダとピストンの温度を上昇させないようにしなければならないのではないだろうか。もっとも、そうしたところでピストンと軸の接合部が破壊されないかというのは疑問である。さらに、積極的に冷却を行えば当然その分効率は悪くなる。

疑問その2は死点を乗り越える力。ピストンの発火時期にはズレが無いため、通常の4気筒エンジンのように少しずつ位相をずらして死点を乗り越えるというやり方は出来ない。だからフライホイールの力に頼ることになるだろうが、二つのシリンダが同時に圧縮行程に入るので上死点(と言っていいのか分からないが)を超えるためには単純計算で2倍のモーメントが必要になる。するとフライホイールの重量と大きさを大きくしなければならない。これはコンパクトで軽量という主張とは逆の性質になる。

単純に、並列にエンジンを並べて位相をずらせば通常のレシプロエンジンと同じ効果が得られるのかもしれないが、通常のレシプロエンジンの1気筒に比べてこの円弧動エンジンは非常に複雑なので、損失と制御の難しさは通常のレシプロエンジンで1気筒増やすのと段違いに違ってくるはずだ。

疑問その3は出力と燃費について。技術資料中では直列四気筒エンジンと比較してピストンやコンロッドが往復質料が1/4になるので出力が100%程度増加すると主張しているが、意味不明である。「燃費が1/3」という記述もあるが、この根拠も技術資料中には書いていなかったと思う。そもそも1/3の燃費、という書き方がもう曖昧で不正確な書き方なので怪しい。

疑問その4は燃焼室形状の複雑さ。円弧という性格上、軸から遠いところではピストンの運動が早く、軸から遠いところではピストンの運動が遅い。このような不均一な状態では燃焼速度を犠牲になるだろうし、燃焼圧力のうち仕事として取り出せるエネルギーも小さくなりそうだ。コンピュータシミュレーションなどを行ったわけではないのではっきりと言えないのだが、円弧内側に行くにしたがって燃焼圧力は軸の接合部に掛かってしまうような気がする。

まとめ

良くわからんけど怪しい。「重量が10%以下」「1000ccで2000cc分の性能を確保」「燃費は1/3」と勇ましい数字がずらりと並んでいるが、その導出課程があまりにも省かれている。一緒に開発するパートナーを募集と言っているが、本気でそう思っているならもう少し情報を公開するなり、圧縮空気で動作するモックアップを作って検証を行うなりして成果を強調しなければスポンサーも協力者も現れないのではないだろうか。