社会に出た私が学んだ11のこと

私は24歳で大学院を卒業し、東京に出て働き始めた。それから何年もたち、いくつかの重要な事実を学ぶことができた。これらを若いときに知っていればもっと世界が変わっただろうと思う。

しかし、以下に記すようなことは文字で読んだり、人に聞いたりしても理解することは難しいと思う。だから書いても意味ないんだけど、暇つぶし程度にはなるかもしれないので書いてみる。

金を稼ぐ方法は就職だけでない

世の中の役に立つスキルや能力があれば、それを発揮することで金を得る方法はごまんとある。そして、たとえ従業員として起業に所属し、給与をもらう身であっても自ら金を稼ごうとする努力と、その過程で得られる知識や経験はあらゆる場面で役に立つ

自分で勉強しなければならない

企業は自社の従業員のための潤沢な教育予算を確保できなくなっている。であるから「OJT」などという現場丸投げの方法がまかり通り、そしてOJTが正しく機能している企業はほとんどない

会社が提供してくれるのは手取り足取り指導してくれる優秀な教師ではなく、独学で何かを学ぶための時間と場所と環境であると割り切った方がストレスも少ないし、モチベーションも上がる。学習効果という点でも、単に座学で一方的に教えられるよりは、自ら悩んで失敗を重ねたほうがより深い理解ができる。

社会人には時間が無い

学生時代とはうってかわり、社会人には時間が無い。独身のうちはまだマシだが、結婚して子供ができてとなると、自分で自由に使える時間は週に数時間ということも珍しくない。学生のうちに出来ることは学生のうちに済ませておくべきだ。

時間が無いので、自分の人生における目標と仕事内容はより強く関連していることが望ましい。両者の方向性が重なっていれば、仕事時間も自分の目標達成のために利用できる。反対に、自分の人生における目標と仕事内容がマッチしていない場合は早めに転職する方が良いかもしれない。

馬鹿が多い

誰でも名前を知っているような大企業の社員でも、博士や修士という肩書があろうとも、出身大学のレベルが高かろうと、一定の割合でアホはいる。誤字脱字なら可愛いもんで、そもそも日本語になっていない文章を書くような人がたくさんいる。そんなありさまだから、専門知識が必要とされるような職場に身を置きながら専門性がまるで身についていない人も多々見受けられる。常識が無かったり、視野が極端に狭かったり、異なる意見を受け入れようとせずすぐに人格攻撃に入るような人も居る。

そのような人々を相手にしても何もメリットが無いので、どうにか付き合いが発生しないよう根回しをしておくことも時には必要である。間違っても、彼らを正そうとしてはならない。幼いうちならまだしも、人間は年を食うとどんどん「私は偉い」という考えが強くなるから人の意見を聞こうとしなくなるし、たとえ多大な労力を支払って矯正を行ったとしても、それはその人のメリットになるのであって自分のメリットには結び付きにくい。

組織や他人を変えるよりも自分を変える方が楽

前項と関連するが、もし、自分が身を置いている組織で周りが間違っている、この人たちのやり方はおかしいと判断した時に取りうるオプションは二つしかない。自分が周りに合わせるか、自分がその組織を去るか、だ。我慢して続けるという選択はやめた方が良い。ストレスで身を滅ぼす可能性が高い。

自分が率先して周りを変えようとするのなら確実な勝算がある場合のみやった方が良い。大抵それは困難で失敗する。

起業のハードルは小さい

起業のハードルはかなり小さい。極端なことを言えば、法務局に行って登記を済ませればそれで会社になる。ふつう、会社という言葉のイメージからは、小さくとも数十人の従業員が働くような組織をイメージするだろう。しかし、ゼロから起業してそこにたどり着くまではかなりのギャップがある。

初めはごく小さなもので構わない。登記をせず青色申告するところから始めたってもいい。リーンスタートアップについて書かれた数々の書籍が参考になるかもしれない。

 お金は流動的なもの

家計とは給与収入から月々にかかるお金を差っ引いてあまったものを貯金するような行為/概念ではない。時代が変わればお金の価値は変わり、同一の時点でも国によって違う。お金の価値とは絶対的な物ではなく、相対的なものである。起源は人の信用にある。今貯金した1万円が10年後に同じ価値があるかどうかは分からない。

お金や経済の仕組みを知り、若いうちから積極的に投資を行うのは大きな複利効果が望めるし、その行為によって得られた経験や知識は様々な場面で役に立つ。

常識は大事

ある常識とされている知識や慣習が、たとえ何らの合理性も無かったとしても、常識を知り、それに倣う事には大きなメリットがある。多くの社会人は、ある人が信用に足る人物かどうかを見極めるときに、その人の言動が常識的かどうかを重要視する。常識という知識や慣習を知っていて、それに従うだけである程度の信用が得られるのであればこれほど楽な方法は無い。

身なりは大事

人は人を外見で判断する。それが実験で証明された例は数多ある。「自分はファッションなんて興味がない」と無精ひげを生やしてヨレヨレのシャツを着ているよりは、少しでも小奇麗な恰好をしていた方がよい。そのくらいの投資であらゆる人々がそれぞれ少しずつ自分を良く扱ってくれるのならば安いものだと思う。

学校の勉強は大切

学校で学習するあらゆる科目は社会に出てから必ず役に立つ。逆に、「学校で勉強したことなんて何の役にもたたねーよ」という態度で学生時代を過ごし、社会に出てからもそういう態度でいるのならば、どんどん学習・成長するための意欲や能力は失われていく。人間の成長は学校の卒業と同時に停滞するものではない。

出来ない事なんてない

人間の何かを成し遂げたいという願いは、非道徳的だったり、物理法則や法律に反したり、自由が制限された国に居住していない限り、それは必ず実現できる。

人生は思い通りになる。「自分はこうありたいのでこうする」という明確な目的意識を持っていれば、理想像に近づいてゆく。 逆に、「こうなりたいと思っているけど自分には無理かな」と思ったらもう無理である。