おさらい:永久機関は作れない

こないだ書いたCEATECの記事で、理系の大学で修士号を取って入社した新人が「永久機関は作れる」というようなことを言っていて驚愕したという話を書きました。

その後、周りの人に聞いたりネットで調べたりしていると、意外に「永久機関は作れない(ありえない)」という事を知らない人が多く、個人的にびっくりしました。この程度の事は理系・文系問わず常識だと思っていたからだ。科学に対するリテラシーというレベルの話だと個人的には思います。

震災の後位だったか、こち亀で永久機関を開発する話がありました。一部のページのみがネットにアップロードされており、私はそれを見ただけなので詳細は分からないのですが、永久機関が動作する前で両さんが「これが私が開発した装置で永遠に発電し続けます」などと説明しているシーンになっていました。浮力を利用した古典的な機関(実際には動作しないことが分かっている)であったので、もちろん、作者も知った上でのギャグだと思っていましたが、ネット上では「原発なんかやめてこれ作ればいいんじゃね」などと真面目に議論されており、永久機関が実現できないことを指摘していた人はごく少数でした。その時も私はびっくりしました。

よくよく思い出してみると、そういえばGIGAZINEで昔「ウォーターエネルギーシステム」なるものが紹介されたこともありました。これは触媒の作用のみによって水を分解して電流を取り出し自動車を動かすという代物でした。外部から水を供給するという点で永久機関の定義には当てはまりませんが、きわめて胡散臭く、相当に疑ってかかる必要があることは明白です。が、GIGAZINEは当初、これを疑いもせず開発者の説明を鵜呑みにして記事に仕立てたうえ、後日記事を訂正していました。その記事を書いたGIGAZINEの中の人は化学に疎い人だったのかもしれませんが、それでも、膨大なアクセスがあるようなブログですらこのような記事を書いてしまうのはちょっと日本人の科学リテラシー能力には問題があるのではないか…と思った記憶があります。

ということで、おさらいを書いてみたいと思います。

付け加えておくと、「日本の科学リテラシー向上のために貢献してやろう」などと崇高でまた押しつけがましく、かつ上から目線な気持ちは一切なく、ただ単に私が書きたいからです。よろしく。

永久機関とは何か

永久機関とは、外部からエネルギー(化石燃料、電気など)を投入することなしに、永久に動力を生み出し続ける機械のことを指します。このような機関はアルキメデスの時代から研究されていました。アルキメデスは紀元前の人です。それから19世紀あたりまで、実に2千年ほどに渡って永久機関は研究と試作を重ねてきましたが、ついに実現しませんでした。

過去に検討された永久機関の例は、Wikipediaにいくつか載っています

19世紀ごろから永久機関の研究はほとんど消滅したのですが、それはヘルムホルツらが「エネルギー保存則」として知られる熱力学第一法則を発見したからです。この法則は永久機関の存在を否定します。これは経験則であり、また、物理学の中では古典に分類される法則ではありますが、相対性理論や量子力学の分野でもこれに反する法則や定理はいまだありません。

厳密に言えば、エネルギー保存則(熱力学第一法則)だけですべての永久機関が否定されるわけではなく、熱力学第二、第三法則まで含めなければならないのですが、するとエントロピーやら何やらの概念を理解する必要があり、こういうものを本格的に扱うのは大学の授業のレベルになってくるので割愛します。

現代においても「永久機関」と名前の付く数多の特許が申請され、なんと申請が通ってしまった例もあるのですが、実際に永久機関が開発された例は皆無です。

エネルギー保存則とは何か

「ある系のエネルギーの総量は変化しない」という法則です。つまり、エネルギーが消えてなくなることも無ければ、湧き出してくるという事もないです。ちょっと分かりにくいので図で説明しましょう。

ガソリン車

上図の枠に囲ったところが簡略化した車のエンジンだと思ってください(以降では図に描いていない細かい部分は無視します)。エンジンは供給された燃料(ガソリン)を内部で燃焼させ、動力として取り出します。取り出された動力はタイヤに伝わります。エンジンには発電機が取り付けられており、カーオーディオやヘッドライトなどに電気を供給しています。また、エンジンは排気ガスを排出したり、ラジエターを通じて熱を発散させます。

「エネルギーの総和が等しい」とはつまり、下記の式が成り立つことを意味します。

燃料のエネルギー = 電力のエネルギー + 動力のエネルギー + 排熱のエネルギー ⋯(式1)

エンジンの中でエネルギーが湧きだしたり、逆に消滅してしまったりということはあり得ません。

しかしこれを疑問に思う方もいるかもしれません。投入されたエネルギーの量によって得られる動力が決まってしまうのならば、なぜ世の中には燃費の良い車と悪い車があるのでしょうか。これは単純なからくりです。動力のエネルギーに注目して式変形してみましょう。

動力のエネルギー = 燃料のエネルギー - 電力のエネルギー - 排熱のエネルギー ⋯(式1')

となりました。動力のエネルギーとは燃料のエネルギーから電力、排熱を引いたものの残りと見なせます。ここに、燃費が良い車と悪い車の秘密があります。

電力、排熱のエネルギーを減らしてやれば同じ燃料からでもより大きい動力を得ることができます。燃費が良い車は、なるべく排熱のエネルギーや電力のエネルギーが少なくなるような工夫をしています。その結果、動力として使えるエネルギーが増すという仕組みになっています。小さいエンジンを積んで排熱のエネルギーを小さくしてみたり、ヘッドライトをLEDにして省電力化したりするという工夫が燃費にかかわってくるのはこの原理から理解することができます。

次はハイブリッド車を見てみましょう。

ハイブリット車

ここでは下記の式が成り立ちます。

燃料のエネルギー + 動力cのエネルギー =
           動力aのエネルギー + 動力b のエネルギー + 電力bのエネルギー + 排熱のエネルギー ⋯(式2)

通常のガソリン車(式1)と大きく違うのは、左辺に「動力cのエネルギー」があることです。つまり、燃料以外の外部から供給されるエネルギーがあるということです。投入するエネルギーがガソリン車と違うのですから、得られる動力はずっと大きくなります。投入するエネルギーがガソリン車よりも多いので、当然ハイブリッド車ではより大きな動力が得られます。より大きな動力が得られる分、投入する燃料を少なくしているので、ハイブリッド車では燃費が良くなります。

では、この謎の動力cは何かというと、ブレーキを踏んだ時に回収するエネルギーです。ハイブリッド車はブレーキが踏まれた時にタイヤと直結した発電機を回してそこからエネルギーを生み出します。このエネルギーは通常のガソリン車では供給されません(供給するための仕組みを持っていない)。言わば、供給するエネルギーが通常のガソリン車よりも多いということですね。だからハイブリッド車の燃費は良くなります。

ハイブリッド車の持つアドバンテージはこれだけではないのですが、本論の趣旨とは異なるため割愛します。

「無限に走る燃料電池車」を検証する

こないだ書いたCEATECの記事にも書きましたが、わが社の新人がこんなことを言っていました。

「燃料電池車が排出する水を車の中で電気分解して再度水素を取り出せれば、超高効率で、あるいは永久に動く車が作れる」

これをエネルギー保存則の側面から検証してみましょう。まずは、通常の燃料電池車の模式図を書いてみます。

ここで、水素と同時に酸素が供給されることになっていますが、実際の燃料電池車では空気中の酸素を反応に使いますので、別途酸素ボンベなどを装備しているわけではないです。模式図の酸素は空気中の酸素を取り込むものと思ってください。

燃料電池車では以下の式が成り立ちます。

酸素のエネルギー + 水素のエネルギー = 排熱エネルギー + 動力エネルギー + 水のエネルギー ⋯(式3)

となります。式3において「水のエネルギー」と書いていますが、これはほぼゼロです。水が持つ化学的なエネルギーはほとんどありません。酸素や水素は燃やせば熱を発生させたり爆発したりしますから、大きな化学エネルギーを持っているというのが分かるでしょう。しかし、水自体にはほとんどエネルギーがありません。水からエネルギーを取り出すことが可能であるならエネルギー問題などとっくに解決しています。

次にわが社の新人が提案する次世代燃料電池車を見てみましょう。

このようなシステムでは下記の式が成り立ちます。

酸素のエネルギー + 水素のエネルギー = 排熱エネルギー + 動力エネルギー + 水のエネルギー ⋯(式4)

式3と式4は完全に同一です。つまり、内部で電気分解をしようとしまいと何も変わりません。現実的にはシステムが複雑になってロス(排熱)が増える分、動力として取り出せるエネルギーはむしろ小さくなるでしょう。はい、おしまい。…ではちょっと面白くないのでもうちょっと考えてみましょう。

なぜ「排出した水を電気分解すれば嬉しい」などと考えるのでしょうか?同様の主張はネット上で検索してもいくつかヒットします。このような発想に至る背景として、おそらく、「電気分解に必要な電力よりも、電気分解をした後に得られた水素と酸素を反応させて得られる電力の方がずっと大きい」と思っているからでしょう。しかしそれはあり得ません。

上図は燃料電池での反応と電気分解を繰り返すループのみを抽出したものです。ここのみを抽出しても当然エネルギー保存則は成り立ちます。あらゆる系(区切り)でエネルギー保存則は成り立つというのはこういう意味です。

ここで、たとえ燃料電池における損失(=排熱)がゼロだったとしても、電気分解に必要な電力と燃料電池によって生まれる電力は等しくなります。実際は各種の損失がありますから、間違いなく電気分解に必要な電力が燃料電池によって生まれる電力を上回ります。なので効率の改善に役立つということもまず無いでしょう。

言い換えれば、これは水と水素+酸素の化学的変化を応用した蓄電池ということです。下記のシステムと上図は本質的な違いはありません。

そう考えればいかにバカバカしいかというのが良くわかるでしょう。

また、「燃料電池車に電気分解した水素を投入するなら、その電力をリチウムイオン電池に蓄えて走るEV車の方がずっとマシ」という指摘をいくつか見たことがありますが、上記のような事実を考えると、この指摘は大変ごもっともであると思います。なので、燃料電池車で使用される水素は電気分解以外の方法で生成されることになるでしょう。たとえば、新型原子炉を水素製造プラントとしても利用することなどが計画されています。

私が思うに、科学リテラシーがあるということは上記のような一連の思考が出来るかどうかにあると思います。たとえば、これが実現可能かどうか判断するのに燃料電池のスペック表を眺め、さらに電気分解によって得られる水素と酸素の量を計算するのではなく、エネルギー保存則という物理学の基礎を理解した上で、そこから即答できるのが望ましいと思います。

ちなみに、新人が考える燃料電池車を実際に作ったらどうなるでしょうか?電気分解に電力を使えば動力に使う電力を得られません。動力に電力を使えば、電気分解に使う電力を得られません。この二つは完全にトレードオフです。つまり、普通の燃料電池車よりもシステムが複雑で重量もかさむ劣化版燃料電池車になるか、車の形をした中学理科の実験装置兼暖房になるか、その中間か、です。

エネルギー保存則が間違っている可能性

一方で、ここまで説明したことを理解しながらも「エネルギー保存則は間違っていて、永久機関は開発できる」と主張する人はたくさんいます。すでに述べたとおり、エネルギー保存則は経験則なので、誰かが数学的に証明した定理ではありません。

したがって、エネルギー保存則に反する現象が発見されれば、エネルギー保存則は間違いだったという事になります。たった一つの事象が発見されれば崩れ去る脆い基礎の上に成り立ってるのが、現代の科学技術であるというのも事実です。

…という主張はレトリックだと私は思います。二千年にわたって、その時代を代表する哲学者・科学者が関わってきて最終的に結論付けられた法則であり、さらに、その法則を基礎として工学が発達し、我々の回りのあらゆる技術の基礎となる理論であるという事実を我々は重く受け止める必要があります。

今まで積み上げた客観的な事実と、それを基礎にして得られた膨大な知見や技術がすべて誤りであるとして、永久機関が存在するという考えに傾倒するのに十分な根拠や事実はあるのでしょうか。人類の二千年にわたる叡智を上回る新事実や理論を提示できるのでしょうか。それが無ければそれは「自分が信じたい結論を信じている」と言わざるを得ません。客観的な事実を軽視するのは科学的な手法とは言い難いです。客観的な事実を軽視した主張をするのはその人の自由ですが、説得力は無いです。

まとめ

中学・高校レベルの理数科目でもバカにせずしっかりと理解していれば、世の中のかなりの事が理解できます。

まともなメディアでは、荒唐無稽な情報はフィルターにかかって表に出てくることはありませんが、ネットに出てくる情報のほとんどは校正や第三者によるチェックが無いので、見る人自身がその信憑性を判断しないといけません。

ネットが十分に普及した社会においては「ネットがあれば何でも分かる」という考えは間違いで、むしろ真偽を見極める基礎知識が必要だったり、クロスチェックして信憑性を確かめるなどの手間がかかることも多いでしょう。