悪性新生物の「新生物」とは何か

タイトルの謎を追ってみた。

悪性新生物というのは、いわゆる癌、悪性腫瘍のことである。英語で悪性新生物はmalignant neoplasmと記述する。ちなみに、悪性腫瘍は英語でmalignant tumorと記述するらしい。Wikipediaで調べた

と、いうことは、neoplasmの訳が新生物ということか?と想像し検索してみた。すると、

【医学】 (体内にできる)新生物; (特に)腫瘍(しゆよう).(研究社 新英和中辞典)

という訳が出てきた。neoplasmは新生物と訳されるので、malignant neoplasmは悪性新生物となる。うん。分かるよ。分かるけど、私が知りたいのはそういう事じゃないんだ。

新生物というのは「新しい生物」と書きますでしょ?「アマゾンの奥地で新生物を発見した」という文脈は、アマゾンの奥地で腫瘍を見つけたのではなくして、まだ学術界に報告されていない新種の細菌、動物、昆虫の類を見つけた、という意味になりますでしょ?新生物という日本語の単語はそもそも、「新種の生物」という意味だと思うんだ。で、私が知らなかった意味として、そのほかに「腫瘍」という意味も有するのか?

で、調べてみたが、「新生物」という日本語の単語に腫瘍という意味があるのかどうか分からなかった。手持ちの日本語辞書には新生物という単語は載っていない。しかし、これもWikipediaになってしまうのだけど、新生物の項を見ると

新生物
Neoplasm
の訳語。腫瘍を参照。
新種の生物

と、書いてある。私の求める解に近づいてきた。そもそも腫瘍を意味する「新生物」という単語は「neoplasm」の訳語であって、日本語にもともとあった新種の生物を表す「新生物」とは全く別の起源でありそうだ。つまり、こういう事ではないだろうか?Neoplasmという単語に相当する単語が日本語には無かったので、「新生物」という訳語を作ってみたものの、しかし「新生物」は新種の生物という意味でたまたま使われていた。というストーリー。

では、Neoplasmはいったいどういう意味なのだろうか。これもまたWikipediaだが、

Neoplasm (from Ancient Greek νεο- neo- "new" and πλάσμα plasma "formation, creation") also commonly referred to as a tumor or tumour[1] is an abnormal growth of tissue.

と、書かれている。Neoplasmとはもともと古代ギリシア語で、neoはnew、plasmaはformation, creationと言った意味があるそうだ。直訳すれば「新しく作られたもの」「新しく形作られたもの」みたいな感じだろうか。「新しく生まれた物」と言えるかもしれない。おおっ、これで、「新生物」じゃないですか。うーん、回答にたどり着いた気がする。

一方で、こういう意見もあった。

医学用語の標準化をめざして―『日本医学会医学用語辞典(英和)』第 3 版の編集方針―日本医学会医学用語管理委員会

(3)新生物という用語
neoplasm という英語に対し,「新生物」という訳語が使われる場合があるが,日本には古来から「腫瘍」という用語があり,「新生物」という用語は必要がない.したがって,本辞典では,病理学会,癌学会,癌治療学会などに意見を求め,neoplasm に対する日本語は,「腫瘍」を推奨語とした.

なんと、「新生物という用語は必要が無い」とはっきりと断じていますね。「腫瘍」が推奨語とあります。しかも、病理学会、癌学会、癌治療学会に意見を求めた結果であります。なるほど。そういう偉い人たちから言われると、まあ、わざわざ新生物とか分かりにくくて意味の重複している単語を使うメリットは皆無のような気になってくるなあ。

私なりのまとめ(推測含む)

「悪性新生物」の「新生物」という単語は、neoplasmの直訳である。似たような意味の単語として、tumorという単語に対する訳である「腫瘍」がある。neoplasmの訳を考えるときに、「腫瘍」はすでにturmorの訳語として認知されているため、「腫瘍」以外の別の言葉を当てはめたかった。

neoplasmの語源は古代ギリシア語であり、「new formation / creation」という意味がある。これを直訳すると「新しく形作られるもの」「新しく生まれる物」などと訳すことができる。したがって、neoplasmの訳を「新生物」とした。このとき、新種の生物である「新生物」という言葉と重複してしまっているが、neoplasmと新種の生物は文脈上混同されるケースがほとんど無いと考えられるため、このままで良しということになった。

「新生物」という訳語は社会に広まり、一般的に認知されるようになった。しかし、結局、気を使って「腫瘍」とは違う訳語を当てはめてはみたものの、指し示すものは同じなので(暗黙的なニュアンスの違いはあると思う)医学会では「やっぱり新生物とかやめて腫瘍で統一したいよねー」という動きが出てきている。

…と、こういう感じではないでしょうか。

私としては、「癌細胞が無限に増殖するあたりが、あたかも宿主の体に寄生する新種の生物のように見えるため」みたいなロマンあふれる理由があったらうれしいな、と思ったのですがそんなことも無かったですね。