親へ返済したお金は子供に返すべきか

ちょっとタイトルの意味が分からないと思うので解説する。

以前、会社の同期がこんなことを言っていた。

「親から子供が借金をして、子供がそれを返済したら、親はそれを貯蓄しておいて、しかるべき時(結婚、出産などのイベント)に『お前が返済したお金は使わずに取っておいたんだ。お前が稼いだ金だから返すよ』と返却すべき。つまり、親は子供に金を貸す場合は、借金をしているという体裁をとりつつ、実際はお金を援助するように努めるべき」

これが常識的な考えか、道徳的教育的にどうであるか、という話が今回のテーマである。

私にとって借金とはいかなる場合であっても借金であって、借りた金は返すべきだと思う。そして返した金が返ってくるなどという事は期待してはならないと思う。あくまで私の意見だが、親、兄弟、子供、友達、金融機関、サラ金、闇金問わず返すべきだと思う。たとえ違法な金利を設定した闇金業者から借りた金であっても、最低限元本は返してしかるべきだとさえ思う(法律はそうなっていないが)。

私の好きな漫画にアフロ田中シリーズがあって、これの主人公である田中は、金が無いが自動車免許がとりたくてしょうがないので親に金を借り、免許を取り、運送屋の仕事に就いた後で借金を返済するという方法を取り、そしてそれを完済した。もちろん、田中の母がのちにこの金を田中に返却する描写などは無い。私の勝手な想像だが、そのような展開を期待する読者も少数派であるような気がする。

んが、前述の言によると、同期はそのように考えているらしい。すげえな。と思った。まあ、その同期の彼は、親が結構な金持ちであり、自分の新車購入費用(それも値段で言えば高級車の部類)を親から借金し、さらに結婚式を挙げるための費用一式を親から借金し、二世帯住宅を建てるための頭金のほぼすべてを親に負担してもらい、さらに返済が滞っていることを聞いても居ないのに笑いながら話すという状態での発言なので、なおすげえ根性してるな、と思った。が、そのような状態であることを差し引いてもなお、私は前述のように考えているため、すげえな、と思った。

私の経験から考えると、たとえば私が子供のころに親戚からもらっていたお年玉などの何割かは親にこっそり使われていたし、親からの借金などというのはいかなる理由があろうともまず認めてすらもらえなかった。私の親の考えは、どうも、ローンを組むというのはまず避けることを前提に考えるべき、例外として家と車に限られる、という現金指向であるようだった。それも一つの戦略だと思うのでとやかく言うつもりはないが。

そして私が親になり、子供のために使ってくれと称して親類から結構なお金をもらうような状況になってしまった。もらったお金は安易に使わないようにしようと夫婦間で取り決め、子供の名前で口座を開設し、そこに貯金してある。

で、将来的に私の子供がそれなりに大人になり、借金をさせてくれと言った時に私はどうすべきなのだろうと今度は親の立場になって考えてみた。

たとえば、子供が免許を取りたいから借金させてくれと言う。あいわかった、借用書を書きなさい。とするでしょう。そいで、免許を取ったとするでしょう。バイトの給料から月間1万円をコツコツ返し、30か月をかけて払い終わったとするでしょう。で、結婚式の前の晩に通帳を渡し、「これはお前が今まで返済したお金が入っておるのだよ」と見せたとするでしょう。すると子供はまあ、予想外なので喜ぶでしょう。親からのちょっとしたサプライズでございましょう。ううむ。美談である気がする。

しかし別の見方をすると、そうやって甘やかしたから私の同期は親に借金を重ねて、返済もせず、面白おかしくそれを友達にしゃべる、などという根性をした人間になったのではないか?という気もする。

つまり、同期の親はことごとくお金を援助してきた。子供が返済したお金は使わずに後で子供に返した。子供はそういった親の振る舞いを見て育った。そして親として子供に潤沢な資金援助を行うことは通常行うべきことであるという観念を有するに至った。という、私の想像である。

その仮説を証明するためには、その同期と親から生育歴について詳しい聴収を重ねる必要があるが、まあんなことに対応してくれるわけがないし、そもそも私だってそんなアホなことに時間をかけていられないので、この命題は永遠に謎のままであろうと思われる。

しかし私は将来的に子供から金を貸してくれと要請された時にとりうるオプションを用意しておかなくてはならない。まあ、今のところは使途を尋ね、それが道徳的、倫理的、社会的に大きな問題が無ければ借金を認め、返済がなされなかった場合は重いペナルティを課す、というあたりにとどめておこうかと思っている。