結婚に必要なたった一つの事。非モテ系のお前らへ

一生独身でいそうな気がする男性の特徴ランキングという記事を昔ギャグで書いたのだが、いまだになぜかアクセスがあり、意味不明である。

検索キーワードを分析すると、「一生独身 死にたい」「独身 男性」「結婚 できない」などという鬱っぽいキーワードが満載であるため、おそらくモテない男性が暗い面持ちで検索してたどり着いたのではないかと思う。

「非モテ系のお前ら」などと偉そうに書いたが、私も紛うことなき非モテ系である。人生のうちでモテたためしはなく、中学時代はバスケ部で万年補欠、常に友達からはバカにし続けられてきた。中学後半から高校はパソコンにはまり、「やーい、クソオタク、きもいんだよ」とバカにされ続けた。

しかし、今29歳になり、私は結婚し、子供を育て、周りからは「いいなー俺も結婚してーよー」と言われる身になった。家を買ったということもありさらにちょっといい気分だ。来年には第二子が生まれる。

ではなぜ中学高校とバカにされ続けられた私が人並みに結婚して子供を育てるという生き方をできたのか。同じ非モテ系としてなにかアドバイスできることがあるのではと思い、無い知恵を絞って記事におこしてみた。実は、この記事は書いては公開をやめようと放置していた経緯があるのだが、いまだに上記ページへのアクセスが多いので公開した。

結婚するために必要なたった一つのこと

いろいろ挙げると伝えたいことがぶれるため、一つに絞った。結婚するために必要なたった一つのこと、それは

自信を持つ

ことであると思う。

これは、結婚に限らず、人生の要所要所において常に重要になる特性である。就職活動でも、プレゼンでも、おどおどしているよりも、自信をもってしっかり構えている人間のほうが好感が持てる。私の経験上の話になるが、結婚している友達は皆、自信に満ち溢れている。逆に、「俺なんてダメだよ~」なんて泣き言を言っているひとは大体結婚していない。

結婚するには何が必要だろうか。十分な年収か。資産か。立場か。権力か。時間か。ルックスか。センスか。タイミングか。出会いか。コミュニケーション能力か。相手への思いやりと優しさか。いろいろな意見がある。しかし、どれも本質的ではないと私は思う。結婚に必要な種々の要素は、確かに既婚者が多く持っている要素ではあるが、それを分析しても本質は見えてこない。木を見て森を見ず、という状態であるように思う。結婚に必要な種々の条件は、選択的にそれを追い求めて会得するものでなく、自分の普段の行動によって後からついてくるものである、というのが私の主張だ。

優しくなれたのは自分が強いから相手に優しくする余裕が生まれただけの事である。十分な年収、資産、立場、権力も自分に自信があって、努力し続けてきたからこそ形成されるものであって、一朝一夕のテクニックでどうこうなるものではない。ルックスすらも自分への自信で大きく変わる。自信を持って堂々と胸を張って歩き、堂々と喋っていれば、多少不細工であっても格好良く見えてくる。街中に出て行き交う人の顔をよく見ればいい。美男美女なんてまず居ない。堂々としてりゃそれっぽく見えるのである。人間の感覚なんてあいまいなものである。

つまり、既婚者は結婚に必要な条件を得ようとして得たのではなく、いつしか自然に形成されたのである。それは、多くの既婚者が結婚するために努力していないという事実から考えれば当然のことである。婚活などという言葉は、結婚相談書業界が儲けるために生み出しただけの概念である。結婚できない人はなぜ結婚できないのか。結婚するための努力が足りないのか。何がいけないのか。という理由を探しがちだが、もっと本質的なところを見失っていると思う。今日はそれを説明してみたい。

人生はあなたの思い通りになる

なんか怪しい自己啓発セミナーみたいになってきたが、付き合ってほしい。

「人生は思い通りになる」「人生はゲームである」、これは私のモットーである。人生とゲームは本質的には何も変わらない。なぜか。たとえば、RPGを例にして考えよう。途中で出てきたボスに勝てなかったら、普通はレベル上げをするだろう。レベル上げをして倒せなかったら戦略を考えるだろう。それでもだめなら人にアドバイスを求めるなどすればよい。

人生も全く同じだ。大まかな目的があり、それを達成するためにいくつかの障壁とマイルストーンがある。途中で躓いたら、レベル上げをする。すなわち、勉強をする。トレーニングをする。それでもだめなら、攻略情報を見る。つまり、人にアドバイスを求める。そうやってやれることを淡々とこなしてきたからに過ぎない。しかし、この淡々とやるべきことをこなす、という作業が自信のない人にはできないように私には思える。

ゲームはリセットできるが人生はリセットできない、と言われるかもしれない。生まれた瞬間に戻ることができない、という意味では確かにそうだが、何度もチャレンジできるという点においてはリセットは可能だ。一度きりのチャンスなどというのは人生においてはほとんどない。

人生で成功を収めてきたひとはただ漫然と生きてきたのではなくして、勉強をしたり、練習をしたり、トレーニングを重ねたりした。そして、そののちに自分が予期した良い結果を得ることができたとき、「人生は思い通りになった」のである。このモチベーションは、「自分ならできる」という自信に基づいている。

逆に、「俺なんかダメだよ~」とへりくだって、自分は能力のないダメな人間だと無根拠に思ってしまうと、努力する気も失せてくる。努力する気が失せると、努力しなくなる。努力しなくなると、物事に失敗を重ねる。失敗を重ねると「俺なんかダメだよ~」という考えを補強してしまう。という負のスパイラルに陥る。

「絶対できる!!」と思えばできるし、「ダメだな~」と思えば出来ない。先に述べた、「人生は思い通りになる」というのは、こういう意味も含んでる。

では、「絶対できる!!」という自信はどのようにして生まれたのだろうか。そもそも、ゲームでなぜ人はレベル上げをするのだろうか?それは、戦えば戦うほど強くなるというゲームシステムを知っているからである。この「知っている」が、現実世界で言う「自信」であると思う。

自信はハッタリの後についてくる

努力できる人は、努力すれば人生が思い通りになることを「知っている」のだ。だから、人生のレベル上げが苦ではない。むしろ積極的に、楽しんで行うことができる。

では、なぜ努力すれば人生が思い通りになることを知っているのだろうか。それは、数々の成功体験の裏付けがある。過去、努力して、それに見合った結果を得る。この繰り返しが「努力すれば人生が思い通りになる」という命題をどんどん補強していく。そしてそれはいつしか「自信」となる。

では、その最初はなんだったのだろう。一番最初に努力した時、成功体験はゼロだったはずだ。それなのになぜ、努力すれば結果がついてくると信じることができたのだろう。ここに自信の源泉がある。その源泉とは、無根拠である。ハッタリである。

最初は楽観的観測に基づいて行動しないとモチベーションが保てない。「まあできるだろう」「この程度できて当然だ」、無根拠にそう思い込むことで自信を補強するしかない。逆に、「もしかしたら自分にはできないかもしれない」、そういう考えになってしまうと、いつまでたっても成功体験は生まれず、自信も育たない。

ここまでの話を一度まとめよう。

まず最初にハッタリがある。ハッタリを根拠に努力をする。その努力の結果がハッタリを補強する。そうして成功体験を積み重ねていけば、いつしかハッタリは自信になる。自信を持って行動する人には、結果が後からついてくる。その結果には、結婚するために必要な要素がすべて含まれている。

以上が、おおざっぱな私の主張である。以降では、その自信をうまく育てていくテクニックや考え方を述べたいと思う。

自信を育てるテクニックと考え方

失敗を恐れるな

以前、何かのCMで「行動して失敗するよりも、失敗して行動しない方が、ずっと悔いが残る」という事を言っていた。これはまさにそのとおりである。やるかどうか迷った時は、やった方が精神健康上良い影響を及ぼす。そもそも、慣れないことにチャレンジするときは失敗して当然なのだ。だから、失敗を笑う(嘲笑する)人などいない。あなた自身、人が失敗したって笑わないだろう。だったら他人もあなたを笑わない。

失敗したら大金を失う、などの場合でない限り、何事も積極的にチャレンジすべきだ。

ノーリスクなど無い

特に日本人は、極端にノーリスクを追ってしまいがちであるが、世の中にリスクフリーな行動など無い。交通事故が怖くて車を運転しなければ、ドライブの楽しみを得られなくて当然である。リスクを回避するというのは得られる利益を放棄するという事である。事業に失敗して財産を失うリスクを回避した人は、若くして億単位の金を稼いでいるベンチャー企業社長を羨むのもまったく不合理である。同じように、告白してフラれるリスクを回避したのに、彼女ができないと嘆くのはまったく不合理である。

ただし、リスク低減とリスク回避は違う。リスク低減というのは、リターンを得るために負わなければならないリスクを低減することであるから、つまりリターンを放棄していない。リスク低減の例としては、たとえば試合に負けるリスクを減らすために練習を重ねる、といったことが挙げられるだろう。これはむしろ積極的に行うべき行動である。

自分を追い込むことが重要

これはハッタリの一部である。たとえば、第三者に向かって「俺はこれを成功させる」と宣言する。そうして第三者の目があることを意識する。すると、怠けにくくなる。日本人は恥の文化が根付いているので、自分を追い込むには良い方法である。

そうすることで自分に対するストレスも増えるが、成功したときは自信もより強固に補強される。

自信を持つのは一分野だけでいい

どんなことでもそつなくこなしてしまう人間というのは確かにいる。そういう人をおそらく天才と呼ぶのだろう。天才は天性が備わっていたから天才なのである。しかし、世の中をざっと見回してみればわかる通り、成功した人全てが天才であるとは限らない。むしろ、一芸に秀でている人の方が多いだろう。

一芸が秀でている凡人と天才がその一芸で勝負したら、絶対に凡人が勝つ。これも私の人生哲学の一つである。ゼネラリストはスペシャリストの分野ではかなわない。これはどちらが優れているとか、どっちがいいとか悪いとかではなくて、そういう特性を備えているというだけに過ぎない。

つまり、凡人は天才の真似をしたり羨んだりする必要はない。自分の強みを見つけて、それを鍛えさえすれば良いのだ。

信念を持つ

大体どんな分野でもポリシーが無いやつ、筋が通ってない奴はダメである。自信を持つということは信念を持つということに等しい。強固された自信からは、その人なりのベストプラクティスを導き出すことができる。このベストプラクティスが信念である。

その信念について批判したり、それは違うと異なる意見を言ったりする人がいるだろう。一向に無視してかまわない。なぜならばポリシーや信念とは、個人個人によって違って当然だからである。ある人の成功体験がほかの人の成功体験と同一であるはずがない。同一でない成功体験から同一の信念が生まれるはずがない。そもそも違うものを比べようとする方がおかしい。あなたが生み出した信念はあなたの信念であって、だれにも否定できないのである。

過去の失敗を卑屈に思う必要は無い

良く聞くのがこのパターンだ。過去の失敗が怖くて一歩を踏み出せない。過去の苦い経験をふと思い出してそればかり考えてしまう。過去の経験を次に生かすという行いは確かに重要ではあるが、今の自分の行動を無意味に制約してしまうような行動など百害あって一利なしである。そんなものは捨ててしまえばいい。振り返る必要すらない。

大体、人は変わるのである。過去と同じ人間など一人もいない。昔モテてたのに今結婚できない奴など山のようにいるし、昔いじめられっ子だったのに今は幸せな家庭を築いているなんて奴も山のようにいる。過去の経験は今に生かせる場合のみ振り返るべきで、不利益になるならばそんな過去捨ててしまえばいい。

 

まとめ

なんかタイトルとは全然違う話になってしまったが、しかし、その本質は書けたのではないかと思う。

「人生は思い通りになる」。ダメだと思ったらダメになるし、出来ると思ってやればできる。

「人生はゲームである」。レベル上げして攻略情報を調べるのは人生でも同じ。

自信を持って生きれば、結婚するために必要な要素なんて勝手に後からついてくる。ハッタリをきかせて、「30歳からでもがんばれば人生なんて巻き返せる」などと楽観的な考えになることがまず必要だ。あなたはやりたいことをすればいい。なりたいものになれる。日本国では犯罪や非道徳的な行いでない限り、その自由は憲法によって保障されている。国が保証してくれている自由を行使しない理由は何もない。あなたは好きなことをすればよい。好きなことができないのであれば、出来るようにすればよい。それだけの話だと思う。

いろいろ書いたが、昨今の少子高齢化対策という観点でも、皆が結婚して子供を産み育てるという普通の事を実現させるのが容易であるような社会になればよいと思う。