過去日記 - 一級建築士の営業

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過去の日記から、加筆訂正して転載。

一級建築士の営業 11/04/2012 11:23:12

昨日、街の図書館でやってた近代住宅展、みたいなやつを見てきた。
新聞広告に入っていたのだ。

「近代住宅展」みたいなことが書いてあったら、あなたはどんな想像をするだろうか?

わたしはこう思った。建築家が建てた近代的なデザインの住宅の模型や写真が展示してあって、この建築家はこういう設計思想に基づき、こういう家を建てた、そして、近代の住宅設計の潮流はこんな感じなのですよ、良い感じなのですよ。ということが見て分かる、そんな、博物館的な、美術館的な、そんなイメージを持った。おそらく、多くの人がそう思うんじゃないだろうか。我々夫婦は家を建てるためのハウスメーカーを探していたということもあり、もっと視野を広げるため、親子三人で出向いたのであった。

行ったら、まず氏名住所年齢勤務先を書かされた。嫌な予感がした。会場に入ったら保育士的な人が居て完璧に子供の面倒を見てくれた。ますます嫌な予感がした。なぜか。なぜこいつらはこんなにサービス精神旺盛なのか。なぜこいつらはここまで金をかけて客を呼びたいのか。その理由は、普通、一つしかない。

中は、ポスターセッションみたいな雰囲気。建築士が10人くらいいて、それぞれ、自分が建てた家の写真や模型なんかを展示している。正面にいる建築士のポスターを見て、「早く説明しろよ」オーラを漂わせるが、全然説明してくれない。いつまで経ってももじもじしやがる。お前は何のためにここにいるのだ。私が2,3質問してようやくしゃべり始めた。

一通り建築士が建てた家の説明をした後、こう言うんだ。「某A社のシステムはご存じでしょうか」そらきた。そういうことだ。この会はつまり、施主と建築家の仲介を生業とする某A社が主催している「うち(A社)が優秀な1級建築士を紹介してやるからうちで家を建てろ」キャンペーンなのだ。

まあ、別にそれでも良かった。タダで一級建築士の話を聞くことが出来るのなら。近代住宅を見れるのなら。でもそれすらほとんど叶わなかったのは、一級建築士の営業トークばかり聞かされること。5,6人の建築士から話を聞いたが、必ず「某A社のシステムのご説明は受けたでしょうか」から営業トークが始まり、延々、センスのある一級建築士の建てた家が素晴らしいかを聞かせられる。もういいっつうの。俺は某A社のシステムを聞きに来たんじゃなくて、家の話を聞きに来たんだっつうの。

俺は、建築士の人たちというのは、人それぞれポリシーがあって、家が好きで、デザインが好きで、自分が作り出したものに誇りをもち、見に来てくれた人にたいして自慢げに説明したいという気持ちがあるもんだと思っていた。俺は正直に「大手ハウスメーカーで家を建てようとしています」と述べたのに対し、彼らが言うのは大手への批判。合理化への批判。お前はそうやったスペックやコストパフォーマンスだけ見てっからダメなんだ。もっと本質を見ろよ。一級建築士を検討しろよ。という事を、至極丁寧に、言葉を選んで言っているが、本心が裏に見え隠れする。

俺ははっきりと言いたいんだが、大手だから駄目、フリーの一級建築士(って言うのかわからんけど)が丹精込めて作った住宅が至上、みたいな考え方自体、偏狭と違うんかなあ?たとえば、お前らほとんど、「劇的ビフォーアフター」みたいな事言ってるけど、俺から見たら、あんたらのオナニーに近いっすよ。あんたらのこだわりが実際住む人のニーズをどれくらい満たしたかが重要であって、あんたの提案自体が素晴らしいかどうかは客観的に判断できませんなあ。

つうか、大手だからってみんな批判するんだけど、何なの?お前、「美味しんぼ」好きだろ。ああ、絶対好きだろ。マスプロダクトよりも職人が丹精込めて作った一品ものがいいんだろ。熱帯魚用品で言ったら、こいつら、絶対ADAで揃えるわ。ああーん、絶対そうだわ。日産車に乗ってたら、全部パーツをNismoで揃えるんだろ。あはーん、俺はお前の考えが手に取るように分かるわ。軍隊だったらMIGにAKライフルにRPGで揃えるんだろ。ハイハイ、すごいねすごいね。あなたのそのこだわりの姿勢は見る人を魅了する取っても素敵なセンスですね、って言って貰いたいんか?ああん?お前ら評論家か?違うだろ。評価されるものを作る側だろ。末端ユーザーを目の前にしてやるべき事は、自分の家を売り込むことと違うんかなあ。

というか、はっきり言って、マスプロダクトにも大手ハウスメーカーの家にも、というか、人間が作ったデザインというのはそれぞれ意味があり、作り手の意志があり、それを「大手だから駄目」と理解しようとしない姿勢はプロとしてどうなん?と思うし、さらに言えば、価値っていうのは作り手のアウトプットと、最終的に受容する人々のセンサーとの乗算で決まるんじゃねえのかなあ?あんたらが良い家の定義を決めるの?良い家は住む人が決めるんとちがうかなあ?と、マジで、俺、フラストレーション。

そういう営業トークなしに、純粋に自分が設計した家について楽しげに語ってくれた建築士さんは一人しかいなかった。5人くらいに聞いたけど。他の人はなんつうか、あんまり「俺は家が好きだ!」感が伝わってこないんだよね。熱意が無いっつうか。「まあ、この本でも見てよ」とか自分の事が書かれた本を自慢げに渡される。本じゃなくてお前が説明しろっちゅう。本を読むと一級建築士Aさんはこれこれこういう輝かしい経歴を持ち、こういう家を建てまくり、こういう設計思想が、デザインセンスが、うんちゃらかんちゃら、美辞麗句でまとめられている。なんだこれ?気持ちわりい。で、その本、裏を見たら、お前、これ某A社が出版してんじゃねーか。身内かよ!学級新聞かよ!すごくも何ともねーよ!

俺は常々思っているのだが、人は、自分の仕事に誇りを持って取り組むべきである。誇りを持ち、それが好きで、熱意をもって取り組んでこそ良い仕事ができると思う。これは農家だってプログラマだって同じだ。俺は一定の美学とポリシーに基づいて日々コードを打っている。同じように「近代プログラマのデスマーチ展」があったとして、俺がお客を迎える立場だったならば、営業トーク抜きで、自分の書いたコードを事細かに説明するだろうと思う。いかにプロジェクトマネジメントが重要か、仕様が重要か、テストが重要か、そして、プログラマのセンスとテクニックに内在する、それぞれのアルゴリズムの美しさを事細かに説明しようじゃないか。デスマーチとは何なのか。なぜソフトウェアプロジェクトはデスマーチに陥るのか。いや、訓練されたマジもんのプログラマ、プロジェクトマネージャなら「これはデスマーチになるな」って、やる前から分かるのだ。大体。じゃあ何でデスマーチになるのか。それは、デスマーチプロジェクトに参画しなければならない状況になっていくからである。ここが一番肝心寛容なところだと私は思っている。・・・という具合に、俺は営業なんかしない。アホか。営業は結果だ。過程じゃない。そういう熱意を発揮し、共感した人が客になってこそ、win-winじゃねえのか?ましてや、建築士なんて創作性が高い分野なんだからますますそうであるはずだと思うんだけど。違うのか?

これに行ってよく分かったことはただ一つ、建築士も仕事無くて大変なんだな。ということ。

設計料でだいたい10%取るらしいが、そしたら2000万の家建てたとしても200万。日本建築士連合会のHPを見ると、一級建築士は34万人の登録があるそう。ここから、引退した人、資格だけ持ってて別の事をやっている人、が半分くらい居るとして、17万人。国土交通省が発表した2009年度の新設住宅着工戸数は77万戸という。住宅価格のうち、一級建築士の設計料取り分が10%と述べたが、それはまあハウスメーカーに頼んだりした場合は10%も取らないだろうし、平均して7%としてみよう。「平成22年度フラット35利用者調査報告」によれば、建て売りで3558万円、注文住宅で3367万円、間を取って3400万くらいだろうか。このうち、土地がいくら分くらいあるのか知らんが、当てずっぽうで1800万くらいとしてみよう。したら1600万くらいが家の平均価格か。

で、新設住宅着工戸数77万戸×1600万=8624億円くらいが一級建築士全体の年間の取り分になるのか?超超おおざっぱな計算だけど。これを17万人で分けたら507万円になるのですか?「平成20年賃金構造基本統計調査」を見たら、月収417.6千円とからしいので、年収630万くらいだろうか?うーん、適当に計算したけど結構あってるねっ。でもこれは一級建築士全体の話であって、こういう、大手に属さず、小さい工務店とかで仕事してる人にとったらさらに情勢は厳しいんじゃないかな。

彼らは年間8624億の金を他の建築士や地元工務店とか大手ハウスメーカーとかと競って自分の取り分を増やそうとするわけで、かつ、契約一件の額が大きいからそりゃ必死にもなるよな。大変なこっちゃ。
でも、すでに書いたように、だからこそ俺は営業トークじゃなくて、自分が住宅に対してどれだけ熱い思いを持っているかを熱心に伝えた方が消費者も納得すると思うんだけどな。どうすか。