インド滞在記(14) 帰宅

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長かったインド生活もこれでもう終わりです。

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最後の写真がトイレです。初めて来たときはこのトイレの横に付いているシャワーの使い方も分からんかった。なんだこれ?飛び跳ねたウンコをこれで綺麗にするの?とか思ってたが、これがインドのウォッシュレットらしい。慣れると普通に使える。

たまに、トイレにペーパーが付いて無くて、このシャワーのみが設置されている場所があるんだけど、あれはどういう風にするのが正解なのか、私は未だによく分かってない。ケツをシャワーで洗い、拭かずに出て行くのが正解なのか?それとも、コスト削減のために設置していないだけであって、人々はそれに備えてケツを拭く紙を常時持ち歩いているのが標準なのか?どうなんだろう。

ちなみに私がそれに遭遇したときは、拭かずに出て行った。ケツを精一杯振って水滴を可能な限り振り落とし、パンツとズボンをはいて何食わぬ顔で出て行った。だってどうしようもないもんな。それ以外方法が無いよ。ホント。

また、このシャワーの使い方が下手くそな奴がおおくて、便座に明らかに固形の物体が付着していたり、水が飛び散っていたりでかなり汚い。というか、どうも便座を上げた状態でウンコしている奴も居る気がする。なぜかというと便所に入ったときに便座が上がっている率が高いから。まあ、でも小説&映画の「Trainspotting」でも、同じようにクソ汚い便所で、ためらいつつも座ってウンコをするシーンがあるので、まあ海外(イギリス系文化?)では汚いのは普通なのかも。知らんけど。

インド生活最終日に、プレゼンで出身地である秋田について紹介した。

10分なのでそんなにたいしたことは書けなかった。思い返してみると、まあ当然であるが、秋田について語ることは山ほどある。出身地だからね。できれば秋田弁を多数紹介したかったのだけれども、ほとんど紹介できなかったので、ここでちょっとだけ紹介したいと思う。秋田の方言の特徴は、短い語句が多く、また、1センテンス中の語数も少ない。この理由としては、「冬、寒すぎて口が回らない」「冬に大口を開けてしゃべると口が切れる」「畑仕事が多くて、畑のど真ん中に居る人間と大声で会話しないと行けないから」などという意見がよく聞かれるが、真偽は知らん。

大体、以下のような感じ。

  • ね→無い
  • ねね→寝ない or 無いじゃないか
  • ねねね→寝なければならない
  • さねね→しなければならない
  • こねね→来なければならない

また、挨拶としては「へばな or へば or せば or せばな(さよなら)」が一般的だ。これは、「そうしたらね」or「そしたら」が短縮化した語句である。
秋田弁は「せ」と「し」の区別が曖昧なところがあるので、「したらね」がなまった上に短縮化して「せば」になり、また、「へば」になったのだと思われる。でも、なぜ「そしたら」が「さよなら」を意味するのだろうか?じつは「そうしたら」も秋田弁なんだ。これがまたややこしいんだけど。

「そしたら」は、英語で言うとthenの意味になる。「それから」が同義語だと思う。けれども、秋田弁では「そしたら」という言葉を「それでは」とか「それじゃあ」という意味で使う。それを念頭に置いた上で、もう一度、「そしたら」が「さよなら」になる理由、言い換えると「それでは」が「さよなら」になる理由は何なのだ。というと、これは私の予想であるが、「それでは」の語句のあとに、「それでは、私はまだ農作業が残って居るので」とか、「それでは、私はこれから夕飯の準備がありますので」とか、「それでは、まあ、また今度会いましょう」などの、早く会話を切り上げてさっさと帰りたいがための言い訳がましい言葉が省略されているのだと思う。だから、「さよなら」の意味になっている。そうやって間接的に会話を取りやめ、俺は帰りてえんだよ、という雰囲気を暗に醸し出す辺り、私は正直性根がくさっとるなあ、と思うのですが、私自信、「せばな!」とかよく使うし、そもそもこれは私の考えた一説に過ぎないので、そこまで言うのもどうかと思う。どうかと思うけど、結局書いた。

また、これは早口言葉。

ねねねばねねねべのもねねねばねねねなばねね

(標準語訳)
寝なければならないんだろうけど、寝なければならないのならば、寝ない。

元ネタはどこかのブログのコメントでみた投稿。

で、昨日29日、帰途についた。

プネからデリーに国内線(Jet Airways)で飛び、デリーから成田へJALで飛ぶ、というルートである。で、この、Jet Airwaysがクズだった。はっきりとクズ。

まず、プネの空港でチェックインに1時間半くらい待たされた。どうもシステムトラブルらしいがアナウンスが何も無いので乗客は待つことしかできない。ずっと待ってたら「デリー行きは隣の列だ」とか言われて並び直す羽目になったり、大勢並んでいるのにチェックインカウンターが2個くらいしか空いてなかったり、もうとにかくイライラ。インド人は良くこれに耐えれるな、と思っていたら、ビジネスクラスのカウンターに並んでいた客が「オイ!だれもいねーじゃねーか!どうなってんだ!」と騒いでいた。したら、Jet Airwaysのスタッフ、ちらっとその客に一瞥をくれた後、視点を手元に戻して作業を開始した。酷い。高い金払ってこの扱いかよ。で、当然のことながら作業してるようなそぶりをしてはいるが、列は全然はけてない。

さらにその状況をいらだたせるのが、その他のスタッフがだらだらとチェックインカウンターに肘をつき、暇そうにしていることである。なんか作業着っぽい制服を着ていたので、まあ、チェックインカウンターに座るような業務をしているのでは無いだろうな、ということは想像が付くが、それでもこんだけ客を待たせておいてその態度はねーだろ、と思う。

インドではリザベーションシステムというのがある。

これは、全ての人になるべく公平に職を与えようという思想に基づいているシステムで、行政関係の業務のうち、簡単な業務、たとえばハイウェイの料金所、公共機関の清掃など、を、そのシステムに登録した人に対して公平に配分する、みたいな制度らしい。まあざっくばらんに言ってしまうと、学位とか良い学歴をとかを持ってない人に対して、それ相応の仕事を斡旋してあげる、というシステムらしい。で、空港職員もそういうのがまじってんじゃないか?と、一緒に居た人の談。たしかにその可能性はありそうだ。なぜならばインドの空港は軍施設という扱いになっているからである。軍施設なので、サブマシンガンをもった軍人が警備にあたっている。こいつらがなかなか怖い。実包が入っているかどうかは分からんけど、普通にマガジンは挿入している状態だ。軍施設ということは政府関係機関なので、リザベーションシステムから出てきた労働者が混じっている可能性は十分に考えられるだろう。

案の定飛行機の出発時間は遅れた。チケットに書いてあるBording Timeの40分後くらい、出発時刻くらいにゲートが開いたと記憶している。インドの航空会社で、チケットに記載されているBording Timeどおりに進んだことは一度もなかった。また、インドの航空会社ではチケットにゲート番号が記載されていないことが多い。これは、こういう体たらくを毎回晒しているため、直前にならないとゲート番号が決まらないことが多いためだろうと予想している。

プネを離陸する直前、駐機エリアにSu-27があるのが見えた。

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Su-27 - Wikipedia

Su-27は旧ソ連、スホーイ設計局によって制作された傑作戦闘機だよ。コックピットから後方に伸びるフォルムがすごく美しい。愛称は「フランカー」であるが、これは西側諸国が付けたコードネームであって、ロシアでは鶴を意味する「ジュラーヴリク」という言葉で呼ばれているらしいよ。その名にふさわしく、鶴のような曲線美を持つ良い飛行機だと思う。

日本や、日本人がよく行くような観光地では、西側諸国の兵器を揃えて居るところが多数だと思う。だから、こうして旧ソの兵器を肉眼で見れるのはとても良い経験だ。ぱっと見えたのは1スコードロンくらいだった気がする。1スコードロンが具体的に何機かは言わない。なんかあんまり詳しく言ったら良くない気がするので。

デリー空港ではかなり時間があり、めいめい、本を読んだりタブレットで何か見たりお土産を買ったりして過ごした。6時間くらいあったかな。

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こういうときにタブレットがあるといいなあ、と思う。私もAndroidタブレットを一つ持っているが、娘が占有している。Youtubeの子供向けアニメーションを見るか、ピアノアプリをいじるための専用マシンと化している。

デリーから成田はJALだった。JALはJet Airwaysとはちがって優秀だった。Bording Timeの10分前にはゲートの前に職員が立ち、日本語と英語の両方で出発時刻等を放送する。もちろん、チェックインもスムーズで、1分もかからずにおわった。スタッフはインド人だが流ちょうな日本語で喋ってくれる。すばらしい。とても良い。

でも乗ってからがちょっと面倒だった。燃料ポンプの不具合が見つかったとかで、滑走路から引き返して修理作業に入った。1時間ちかく待たされたと思う。しかしその後はスムーズで、結局30分遅れくらいで成田に到着。

機内食も素晴らしい。日本人向けとインド人向けの両方をちゃんと用意していて、アサヒビールも飲めるし、味噌汁も飲める。味噌汁ははっきり言って、レトルト、それもどちらかというと不味い部類に位置するレベルのレトルトであったが、それでも、2ヶ月間カレーを食っていた自分としてはとても旨かった。インドを夜7時くらいに出発する便で、朝飯と晩飯の二つがでた。朝飯は、コンビニで買えるちょっと高め(180円くらい)のおにぎり2パッケージだった。まあまあうまかった。

日本に着いてからも、なんか日本との時差を考えたり、ついつい「Excuse me」とか言ってしまいそうになる。何外国にかぶれてんねん、と言われそうだけど、いや、マジでそうなんだよ。京成線のホームで、同じ飛行機に乗ってきたインド人に出会った。「浅草に行きたい」と言ってた。このインド人とずっと喋っていた。

インド人は本当にフランクで、出会って数分もしないうちに「結婚してるのか」「子供はいるのか」とか、プライベートな質問をしてくる。そして最後には必ず名刺やメールアドレス、facebookアカウント名などを渡して「Keep in touch!(連絡とり続けようぜ!)」と言ってくる。でもこれは、現代日本が失ってしまったなにか大切なものを包含している様な気がする。いやいや、包含つうか、過剰包装でしょ。って言う人も居るだろうけど、まあ、そこら辺は人それぞれだな。

で、駅のホームで出会ったインド人、「あれは日本じゃ普通なのか?」と指さしていて、その指さす方向を見ると、バカップルがべたべたとお互いに向き合って触り合っていた。「いや、あれは東京のごく一部のアホだけで、普通はあんなことしないよ」と言うと、「インドではありえんよ」と言っていた。インドは結婚する前まで、Physical Contactは厳禁らしい。いやいや、でも実際そんなの守らないんでしょ?と思っていたんだが、どうも大多数の人は守っているらしい。じゃあPhysical Contactってどこまで言うの?握手は?その後は?とか聞いてみたかったけど、滞在中は結局聞かなかった。

その人は日本の某大手建設メーカーに勤めていると社内資料を広げて説明してくれた。これも日本とインドの差だな。内容は、機密資料など微塵も含まれていない、インドと私の家族の紹介、みたいなスライドが並んでいるだけだったのだけれど、それでも日本人は普通、決して社内資料を人に見せることはしないであろう。

家に帰ったら娘が人見知りして泣きそうになってた。が、15分後くらいにはすっかり慣れていた。これにて私のインド生活終了。終わり。でも、まだ書き残していることが多々あるので、まだもうちょっと続くと思う。