新しい家の夢/インドの遺跡の夢/子供が二人居る夢/

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境内の件、計3つの印象的な夢を見ましたので、ここに記します。今、結構酔ってるので正しい日本語を書けるかどうか危ういですが、どうぞ、ご覧下さい。

新しい家の夢

夢の中で、私は複数の設計図を見ていた。

一つは、立方体に近い家。これがもっとも現実に近い家だ。私が今建てている家はほぼ立方体(正六面体)にちかい。なぜか。それは表面積が最小になる形であるからである。正確には、同じ容積を持つ形状の中で球が最小の表面積を持つ形状であるが、球体の家なんて造れっこないので、現実的には立方体が最小の表面積を持つ家の形状となる。

なぜ最小の表面積を持つ家が良いのか。それは冷暖房効率がもっとも良い感じになるからである。

私が家を建てるに当たって、もっとも重視したのは冷暖房効率だった。デザインが悪くてむかつく家はそうそうないけど、暑すぎるor寒すぎるからいらつく家は山のようにある。現在のアパートもそうであって、だからこそ、私はまず冷暖房効率に拘りたかった。

いや、もう、話がそれつつある。今回は夢の話だ。夢の話に戻そう。

夢の中の我が家は、とんでもない立地であった。アルプスの少女ハイジが出てくるような感じの平原、そしてその上に小高い山、っつうか、ほぼ崖みたいな地形があり、その崖の上に私の家が建っている。周りはまるでグランドキャニオンのよう。そしてそのはなれに倉庫がまた別に建っていて、倉庫の中にはなぜか簡易的なキッチンがある。私は、どうであれ、倉庫があり、収納容積が増えるのは喜ばしいと思っていた。

夢の中でその家は、基礎を造っている最中であった。崖の下は奈落の底と言っても過言ではない、目も眩むような高さであってして、私は崖の縁に立つので精一杯であった。足がすくむ。

私は、その倉庫が完成したら、小さいテーブルを用意して、嫁さんとコーヒーをその中で飲もうと思った。しかしながら、夢の中の私は、何となく悟っていた。それが現実でないことを。現実の家には倉庫など存在せず、とても狭い家であることを。

夢から覚めて、しばらく忘れ居ていた。が、今日、インドの人から「建ててる家みせてよ」と言われて、図面を見せて説明している最中にこの夢を思い出した。やっぱり、夢日記を書かないと見ていた夢を忘れる。

インドの遺跡の夢

これは不思議な夢だった。私は、インドの津々浦々の遺跡を見学している。これが何とも不思議な感じで、私は自在に宙を飛べることになっている。しかしながら、遺跡と遺跡の間の移動手段には飛行機も使ったりしていている。たまに、Google mapのストリートビューのごとく、地図と地上を行き来したりする。

私が見た遺跡は、なんだろう。ピラミッドみたいな感じだった。砂漠の真ん中にぽつんと立っていて、そのそばに小さな小屋が建っていた。その小さな小屋の中で、日本人が10人くらい、飯を食っている。飯はハンバーガーとポテト、あとコーラかな。マックみたいな感じだった。

「インドはまだまだ貧しい国なのです。日本にいると、こんな食事をインド人がしているとは思いもしないでしょうね」と、偉そうに、日本人の一人が言っていた。しかしながら、そのハンバーガーたるや、レタスもパリっとしていて、普通にうまそうである。ちゃんと肉が挟まっていて、ジューシーな肉とパンに串が刺さっていて、そう、なんて言ったかな。ハワイで食ったあのボリューム感あふれるハンバーガーと同じ感じだった。

そんな先進国水準の飯を食っておいて、なーにが、お前、インドはまだ貧しい国です、じゃ。と俺は思った。

そこで飯を食っている日本人は計8人くらいだったが、他の空いている席にもそのハンバーガー定食が用意されている。おそらく、10席くらいは無駄になるだろう。どんだけ無駄遣いしてんだ。と俺は思った。

遺跡は綺麗だった。サボテンがそばに生えていて、花が咲いていた。サボテンの花が。俺は遺跡を眺めつつ、インドで過ごした日々を思った。インドは良い国だと思う。みんな優しい。インドの良いところは、みんなアバウトな所。きっちりしてる人がいない。日本人の中では、冗談すら通じず、言葉通りとらえる人がいるけど、そういう人はインドには居ない。また、インド人はITスキルが高い。そういうところも良い。またインドに来たいと思う。でもうちの嫁さんなんかは、「インドは行かなくて良い。でもベトナムだったら数年過ごしても良い」とか言っていて、その違いがよく分からん。

インド、すごい良い。けど、デリーは除く。

子供が二人居る夢

これはとても切ない夢だった。
私は友達と一緒に、森の中でTwisterとDance dance revolutionを混ぜたようなゲームをやっている。

その間、なぜか強烈な既視感に襲われた。わたしは以前、こういう風にして誰かと遊んだ記憶がある。突如、一つの名前が思い浮かんだ。「明日香」みたいな。私の娘は「彩香」みたいな名前で、漢字2文字なのだが、最後の漢字が共通している名前だった。ちなみにどっちもフェイク。

私は以前、こうして、「明日香」という名前の娘と、一緒にゲームをしていたことがあるような気がした。

それに気付くと唐突に頭痛に襲われる。「それはあなたが忘れていることだから、無理に思い出さない方が良いよ」と、友達が言っていた。しかし、なにか、大事なことを忘れている気がする。

急に場面が変わった。それはテレビだ。中学生くらいの女の子が、中学校の制服を着ている。ステージの上に立っていて、スポットライトを浴びている。彼女は、生後半年くらいの乳児を抱えていて、まっすぐに前を見ている。「この子は私の姪です」。そう、彼女は宣言した。

意味が分からない。けど、分かる気がする。でも、良くわからない。何なんだ?この乳児は?この中学生は?そして、「明日香」は誰なんだ?

私は壇上の、その中学生の女の子を、観客席から見ていたはずだったが、急に現実に戻された。私はソファに座り、テレビ越しにその女の子を見ているだけだった。うちの嫁さんが泣いている。「あなたは、脳に障害が残って、覚えては居ないだろうけど、明日香は私達の娘だった。明日香はもうこの世には居ないけれど、彩香はまるで明日香の生き写しのよう。私達にとって、彩香と明日香は、私達にとって、一つなのよ」みたいなことを言った。

私はそれを聞いて、全てを思い出した。ぼろぼろと勝手に涙がこぼれ落ちた。明日香は私の娘だった。なぜ今まで忘れてしまっていたのだろう。

私は居ても立っても居られず、車を走らせた。でも、どこに行ったらいいのか、分からなかった。私は海岸線を走っていた。それは秋田の国道7号線だった。左側に海が見えて、このまままっすぐ行くと、ショッピングモールがあって。この国道7号線は、私がまだ20歳のころから頻繁に通っていた道路だ。そのころにいまの嫁さんと出会って、つきあい始めてからも、何度も通った7号線。左手に海が見えて、帰る頃にはもう右手の海は真っ暗になっていた。そしてもちろん、子供が、明日香が生まれてからも、何度も通った道路だ。道路にも、ショッピングモールにも、明日香は居たのに、今はもう、居ない。同じ笑顔、はしゃいだときの笑い声も同じだった。明日香と彩香。二人が私の手の触れる距離にあったはずなのに、今はもうそれが悲しくて悲しくてしょうがなくて。でもどうしたらいいのか分からない。その事実を忘れてしまっていた自分が情けない。ハンドルを握る手に力が入って、そして。

私は目が覚めてからも明日香という名前の、現実には存在しない娘を考えていて、あ、これは、夢だったんだ。私には明日香なんて娘はいなかった。という事実に気付くまでに、夢うつつのまま5分間くらいを費やした。こういうことが私は多々ある。