インド滞在記(13) インド旅行ーアーグラ

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前回に続き、Agra旅行について書くよ。

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Jaipur-Agra間はだいたい200kmくらい離れている。こんな感じの道路をひたすら進んでいく。
一応これもハイウェイに入るんだろうか?料金所がたまにあって、都度、100ルピーくらいを渡して過ぎ去っていく。速度は調子が良ければ80km/hくらいは出すかな。路面状況がインドの中ではかなり良い方で、頑張れば120km/hくらいは出せるんじゃないかな。でもそういう気持ちで居たら死ぬのは確実で、1時間にいっぺんくらい、逆走してる車が居るからだ。あとは草むらから牛や羊が突然飛び出してきたりする。そういうことを考えると、リスクと速度のバランスが取れるのが時速80kmくらいということになる。

30km走るごとに小さな町があり、ガソリンスタンドやきったない飯屋、修理工場みたいなのが並んでいる。

Agraははっきりときったない町だった。普段居るプネや、Jaipurに比べても汚い。そんなに大きな町でもなかった。最初、ホテルにチェックインしたが、このホテルも時間かかる割にサービスが悪かった。最初に泊まったシェラトン系列ホテルは素晴らしかったと思う。ハワイで泊まったヒルトンの数倍良かった。

Jaipurのシェラトン>>>>>>>>>Agraの高級ホテル>>ハワイのヒルトン

が俺の中での評価。高級ホテル、と言ってるのは本当に高かったから。といっても日本円で6000円ちょい朝食付きだが、インドで言ったら十分高級の部類に入る。だってほとんどが大理石だったからな。

このホテルの唯一良かった点を上げるとするならば、バスタブがあったこと。インドに来たから初めて湯船につかった。素晴らしい。

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最初に言ったのはAgra Fort。ここはタージマハルから結構近い。外からの見た目がジブリに出てくる城みたいで格好良い。それ以外は・・・正直・・・あまり語るところが無い・・・。

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ここからタージマハルが見えます。

以下、ガイドさんから聞いたタージマハルできた経緯。うろ覚えなのであんまり信用しないよう。

タージマハルは皇帝シャー・ジャハーンが妃ムムターズ・マハルのために作った墓である。ムムターズ・マハルの名前がちょっと変わってタージ・マハルという名前になったという説が有力だが、本当かどうかは分からない。

皇帝が戦争に狂っていて、遠征じゃー、か、なんか言ってしっちゃかめっちゃかやってる最中、ムムターズ・マハルは死んだ。死ぬ前、「私が死んだら、世界に類を見ないような超素敵なお墓を作ってね」と遺言を残した。

で、皇帝は何日かして夢を見た。そこには、Agra Fortから見える川の両岸にそびえる、世界に類を見ない美しい墓。あ、これええやん。これでええやん。みたいに思った皇帝、さっそく、アラブ諸国から優秀な建築家を呼び、早速タージマハルの設計に取りかからせた。ほんで、なんか、これは違うんだよな-、俺のイメージじゃないんだよね-。もっと夢で見たのはさ、こう、ババーンってでかくて、こう、ズババーンみたいな感じ?って感じで試行錯誤、最終的にデザインを確定し、早速近隣諸国、果てはヨーロッパから職人を呼び寄せてタージマハルを作らせた。

そのうちの一人の職人が完成後、皇帝に呼ばれ、褒美をくれてやろう、とか言われるので、えへへ、やったあ。あたし頑張ったもん。嬉しいっ!みたいな感じでにやけていると、いきなり剣を取り出した皇帝、すぱぱっ。と、職人の腕を切り落とした。これで二つとして同じタージマハルは作れないであろう。これで世界に唯一、類を見ない墓になったのだ(キリッ)みたいなことを言った。

結構むちゃくちゃな話ですよね。

いつも会うインドの人(女性)に聞いてみたところ、「私はタージマハルは嫌い。なぜならば、まず、ゴージャスな墓を作ってと言う妃が図々しいと思う。そして、王様が職人の指とか腕を切り落としたってのも嫌い」らしい。俺もそう思う。

たとえば私が死ぬときは、謙虚に死にたい。あんま葬式には金かけないでね。とか言うと思う。死んだらもう私の意志というもの自体が消え失せるので、その後のことなんか心底どうでも良い。死体を犬に食わせる、とかでも良いよ。でも臓器提供は嫌だ。なぜか。だって臓器提供って心臓が動いてる最中にやるんだろ?たぶん。じゃあもしかしたら死んでないかも知れないじゃん。現代の医学では解明できないけど、意識がまだあるかも知れないじゃん。そんなん嫌だわ。

話がそれました。まあ、私が言いたいのは、私も、はっきり言ってムムちゃんはちょっと図々しいと思います。どんだけ(思考が)お姫様じゃ。

ちなみに、タージマハルは大理石に宝石が埋め込んであって、それが心ない観光客とかイギリス人とかによって破壊・盗難されているらしいです。どんだけイギリス人悪さしてんじゃ。それを修復するのが、その、腕を切り落とされたりした職人の子孫だそうで。Agraには、当時の技術を受け継ぐための学校が2つあって、その生徒が金曜日になると修復作業をするらしい。だからタージマハルは金曜日には閉鎖されるとか。

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再掲、そのお姫様の墓がこれ。で、この川の対岸にもう一つタージマハルっぽいものを作って、皇帝はそこを自分の墓としようと計画していたが、それが実行されることはなかった。が、ちょっと作りかけた跡がある。

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こんな感じ。元々、金の装飾とかがいっぱいあったんだけど、イギリスの植民地時代にイギリス人が全部持って行ったらしい。この話はどこの史跡に行っても聞く。イギリス人が壊した。イギリス人が奪った。イギリス人どんだけむちゃくちゃやってんだよ。本当困るわ。

大戦中、日本はチャンドラ・ボース率いるインド国民軍を支援したけど、今のインド人はそれどう思ってるんかな。俺がインド人だったら絶対にイギリスになびくのは嫌だな。ここらあたりを聞いてみたいけど、なんかどうも聞きにくい。政治的な話題は。政治じゃないか?歴史か?よく分からん。

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で、これがタージマハルですよ。なんというか、やっぱり、正直なところ感動はあんまり無かった。はっきり言ってJaipurの鏡の宮殿の方が感動した。なんかよー。何だろうな。なんか、タージマハル有名すぎて、こう、既視感というか、もう見たよ!みたいな気持ちになっちゃうんだよな。正直そんなにテンションあがらなかったよ。俺。

タージマハルはあの本体の中まで入れます。入れますが、写真撮影は禁止です。

中はそんなに広くありません。真ん中に妃の墓(棺?)があり、その隣に皇帝の墓(棺?)があります。タージマハルは全てが対称になるように作られているらしいですが、唯一、対称になっていないのが、皇帝の墓だそうです。妃の墓はちょうど中心を貫いていますが、皇帝の墓はその隣にある。

普段観光客が見ることのできる墓というのは、なんだろう。見せる用の墓、みたいな感じで、本当の墓は地下1階にあるのだそう。地下1階の墓の見た目も観光客が見ることのできる墓とほぼ同じものだった。

タージマハルに限ったことでないですが、インドではあちこちで軍人がうろうろしています。AKライフルや名前がよく分からないけど、サブマシンガンなどを普通に抱えた兵士がうろちょろしてます。タージマハルも例外ではなく、あちこちで兵士が笛を吹きまくり、「そこに座るな!」「座って駄弁るな!」とか怒り狂ってます。

子供がはしゃいで遊んでいて、なんか土足で登っちゃいけないような所に登っていた。それをみた女の兵士が笛を吹きまくり、子供に対してめちゃくちゃ怒鳴っていて、子供は泣きまくっていた。「スッタアアアアアアアッッッツプ!!!」みたいなことを言っていた。

Oblivionというゲームがあって、これが結構自由度が高くて、町の人の持ち物を盗んだり、家に侵入して泥棒をしたりとかできるんだけど、たまに兵士に見つかるのね。そのとき、兵士が突然何の前触れもなく「スッタアアアアアアアッッッツプ!!!」って言うから、マジでびびる。なにゲームで本気になってんだ、とか、思ってしまう。いや、ゲームなんだけどね。マジで怒られてるとしか思えないくらいのリアリティということね。で、それを思い出した。

「スッタアアアアアアアッッッツプ!!!」って怒鳴られて泣いた子供を見た親が隣で爆笑していて、その親に対しても、その女、英語じゃないから何を言ってるのか分からないけど、すごいまくし立てていた。それでもその親はまだ笑っていた。なんかもうむちゃくちゃだな。

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これはタージマハル入り口。ガイドさんに教えられて撮影した。よーく見てください。

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アインシュタインの顔らしきものがあります。わかるかな?画像中央あたり。結局、これは大理石の模様なのですが、もうアインシュタインと言われるとアインシュタインとしか思えません。すごい。

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これはホテルの部屋の時計です。家の実家の時計と同じだったから撮った。

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で、もう帰り道の風景です。リキシャですが、なんだろう。7人乗りくらいかな?ここらのリキシャはプネでよく見るリキシャよりも大柄ものもがおおく、おそらく2スト250ccくらいのエンジンが載ってる気がする。エセ排気音マイスターは私です。2st250ccで、これがNSR250Rとかだったら早いんでしょうけど、胴体がそもそもでかい上に七人乗ってるので、めっちゃ遅いです。坂を登り切るのも一苦労です。

時々、東京でも2st乗ってる人をたまに見ますが、頑張ってるなー、以上の感情がわき起こりません。あと、昔、高校をやめた友達がNSR乗って東京から帰ってきたことがあって、そういうのを思い出してちょっと切なくなる。その友達は今どこで何をしているかよく分からん。

ホテルで1泊して、あと次の日は帰るだけです。Agraからデリーに車で移動し、デリーから飛行機でプネに戻ります。Agraからデリーまでは、これまた200kmくらいでしょうか。車で5時間くらいです。

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ここら辺だと、トラクターが普通に乗り物として使われています。後ろにでかい荷車を牽引させて、その荷車に20人くらい、さらにトラクター本体にもタンクデサントがごとく4人くらいが登場します。

ちなみに、タンクデサントとは、

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タンクデサント - wikipedia

上記画像のごとく、戦車に乗って歩兵が移動することを指すよ。

普通、戦車は、歩兵と一緒で行動するよ。これは、戦車単体では対応できない脅威が存在する(たとえば敵兵が戦車に肉薄して粘着爆弾をキャタピラーに設置するなど)ためであり、歩兵はそれに対処するために配置されるよ。これを随伴歩兵というよ。しかしながら、歩兵と戦車では行軍速度が全然違うので、通常、トラックや装甲車などに乗って移動するよ。現代アメリカ軍などはちょっとした機関砲などが付いた高級な装甲車(歩兵戦闘車、IFV; Infantry Fighting Vehicle)に乗っているよ。たとえば、M2ブラッドレーとかが代表的な歩兵戦闘車だね。

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M2ブラッドレー - wikipedia

これがブラッドレーだ。軍事に疎い人なら戦車と言っても信じてしまいそうだね。でもこれは戦車じゃなくて歩兵戦闘車なんだ。大砲とキャタピラが付いていても戦車とは限らないから要注意だ。もっと言うと、キャタピラという言葉を使うと怒る軍オタも居るから気をつけよう。キャタピラは商標であって、一般名称は無限軌道だからご注意願いたい。

それで、歩兵戦闘車は前述のように歩兵を乗せてあちこち移動するための車であるから、M2ブラッドレーも乗員3名のほかに一個歩兵分隊6名が搭乗できるようになっているよ。アメリカ軍で言うと、

  • 分隊長(M16またはM4カービン)
  • 射撃班長(M16またはM4カービン)
  • ライフル兵(M16またはM4カービン)
  • 分隊支援火器射手(M249)
  • 擲弾筒手(M16またはM4カービン及びM203)

が通常の編成だね。こういう感じで、歩兵が高級な歩兵戦闘車や装甲車に乗っている部隊を、機械化歩兵と言うよ。対して、トラックとかの自動車にのって移動する部隊を自動車化歩兵と言うよ。歩兵戦闘車は装備のコスト自体もさることながら、それを動かすための燃料とかもいっぱい必要になるので、兵站を圧迫させる要因になるよ。戦争は今も昔も補給がとても重要で、戦況を大きく左右するファクターだよ。

で、タンクデサントの話に戻るんだけど、そういう感じなので、特に先の大戦なんかでは、戦車に乗って歩兵が移動することが多かったんだ。だって、自動車化歩兵や機械化歩兵をふんだんに運用できる国なんてそうそう無いからね。技術力、工業生産設備、補給体制、どれをとっても海外で大規模な軍隊を展開するためには技術力・工業・インフラのレベルが低すぎる。ゲームだったら強襲揚陸艦とか空母とか揃えたらイケイケムードで外征できるけど、現実ではそうはいかない。

だから戦車に乗って一緒に移動するのが便利だったわけ。歩兵が移動するための足がいらないからな。でもな、たとえば敵兵からの攻撃を受けたときに戦車がとっさに砲塔を動かすことができなかったり、対戦車兵器で攻撃されたときに、戦車は無事でもタンクデサントしていた随伴歩兵が全員死亡、なんて笑えない事態も起こりうるわけだから、あんまりほめられたことじゃないんだ。

しかし、先の大戦なんか、結構軍馬が活躍してたくらいのレベルなので、まあしょうがないね。もちろん、騎兵隊が突撃、なんてのではなくて、馬に乗って移動したり、馬に野砲を運ばせたり、とかね。そういった運用をしていたんだ。そういう時代に機械化歩兵師団、自動車化歩兵師団を揃えてガンガンせめて行けたのなんてドイツ第三帝国とかアメリカくらいなんですよ。ドイツとかだって、全然足りないくらいだったんですよ。

ドイツ第三帝国による効果的な戦車、装甲歩兵の運用戦術は「電撃戦」と呼ばれていまして、これ、すなわち、戦線の一点に総攻撃を仕掛け、戦線の突破と同時に戦車と装甲歩兵による行軍速度の速さを生かし、後方の敵司令部を目指して縦深を確保、その後、包囲殲滅するというやり方ですな。ドイツによるポーランド侵攻などはこの作戦がとても有効に運用されました。

この電撃戦という考え方が現代の軍隊にも広く応用されていまして、たとえば、この、機械化・自動車化歩兵、戦車、砲兵などが連携して総攻撃する考え方は諸兵科連合といって、そのまま現代陸軍にも適用されています。また、前線陸軍の部隊からの航空支援要求に応じて、近接航空支援(CAS; Close Air Support)、つまり、敵前線部隊を直接攻撃するような攻撃機を派遣する、などの方法が電撃戦でとられましたが、これを発展させたエアランドバトルという戦術を湾岸戦争下のアメリカ陸空軍がとっています。

さらにごく最近では、ネットワーク中心化の戦術(Network-Centric Warfare)と軸足を移してきています。これは何かというと、C4Iシステム(Command Control Communication Computer Intelligence System)を搭載した各種兵器からのセンサ情報を統合し、刻々と変わる戦況情報と最適な指令を各部隊に伝達するような構想で、すでに日本の自衛隊にも、NEC、東芝、三菱あたりが開発したC4Iシステムが実装されています。

何の話だっけ。ああ、そうか。ここはインドだ。

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インドにはホンダのシティがあるよ。セダンだよ。フロントはインサイトみたいなグリルをつけているよ。個人的には格好良いと思うよ。日本でも発売してほしいよ。日本のシティは下の画像のようなハッチバックだよ。

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ホンダ・シティ - wikipedia

シティはホンダとしては珍しくターボ車があったよ。今でこそ珍しくないけど、一昔のホンダは自然吸気(NA)にこだわりがあり、決してターボ車を出さなかったイメージがあるよ。そんな中でシティターボとは見た目とは裏腹の速さでとても良い車だったと旧車フェチからは一定の評価を得ているよ。ターボ車は110psで車両重量が700kg台なんだから遅いわけがないよ。

「オーバーレブ!」という、「頭文字D」の二番煎じで、主人公が豆腐屋の息子から透明感あふれる女子高生に変わった感じの漫画があるんだけど。その作中でも、主人公の透明感女子高生の幼なじみがシティに搭乗しているよ。そのシティに透明感女子高生が乗って、峠の走り屋をぶっちぎるシーンなんかは、頭文字Dで主人公が友達のAE85カローラレビンにのって峠の走り屋をぶっちぎるシーンとうり二つでとても既視感を覚えるね。

俺はオーバーレブが結構好きだな。なぜって、その主人公の女子高生が初めて買った車がトヨタ・MR-2だったから。俺はMR-2が好きだから。でも後半は、なぜか「峠最速の市販車は軽トラをベースにすべき」みたいな論理が展開され、ホンダ・アクティが非舗装路を強行突破して大活躍する農家系ラリー漫画と化すよ。でもうちの実家も農家だから嫌いじゃないよ!ちなみに最強の軽トラはスバル・サンバーだと思うよ!!もう売られてないけど。友達の実家のアクティなんかはウーファーとワンオフマフラーを搭載していたよ!あと、フルエアロ組んでる軽トラを見たこともあるよ!こんな感じで田舎と軽トラは切っても切れない関係なんだ!

話を戻しまして、ホンダが再びターボに手を付けたのは、2000年に発売されたライフ・ダンクからだったと記憶しているよ。

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ホンダ・ライフ - wikipedia

ライフにターボを採用したのは、シティターボのタービンが余っていたからだという噂を聞いたことがあるよ。でもさすがに眉唾物だよ。シティターボのタービンはたぶんIHI製だと思うけど、社外品をそんなに大量に発注するわけがないと思うし、というか、そんな大量の在庫を10年以上も保持しておくのも財務上おかしいと思うし、さらに言えば10年以上も眠っていたタービンを新型の量産車に搭載しようなんてアホなことをするわけがないと思うよ。

また話がそれました。インドの話をしていたのか、それとも近代陸軍について話をしていたのか・・・。

空港にたどり着くまでに、交通事故現場を目撃した。なんか渋滞してて、あっ、嫌な予感がするな。と思ったら、道路のど真ん中に数人立っていて、その後ろに寝そべっている男、そして、なんかどす黒い液体が流れていて。あっ。これ。「見たらあかんやつや。」と、ダウンタウンのまっちゃんが頭の中で警鐘をならした。

でも、見ちゃった。大破したバイクが二台。それを取り囲む4人ほどの男。そして一人が頭から大量の血を流して倒れている。人間の血があんなにドロドロになるとは思わなかった。鼻血がでて、ティッシュを詰めて、数十分後にティッシュを撮ったら、血が半分固まったやつが、ドゥロォッって出てくるだろ。あんなんの巨大なやつみたいな。それがデロデロになって道路に広がっていて。

その男は事故後動かされた形跡がない。4人の男はそれを気にもとめてないようなそぶりだ。動かすとまずいと思っているのか。それとも即死だと諦めているのか。おそらく後者な気がする。現代インド医学がどれほどのもんかしらんけど、たぶん助からないだろう。たとえアメリカの優秀なERチームが目の前にいたとしても無理かも知れない。

だからインド人はヘルメットかぶるべきだよ。やっぱり。インド人がバイク乗っていてヘルメットかぶってるのは全体の10%にも満たないと思う。それどころかバイクに4人乗りとかも結構見るからな。旅行中、3人乗りのバイクが警察官に呼び止められていて、それを見た運転手が「HAHAHA!やつら、捕まってやがるぜ!」とか陽気にはしゃいでいたけど、俺、このときに初めてインドでも公式に「3人乗り以上は禁止」という法律があるということを知ったよ。そのくらいバイクへの3人乗り、4人乗りが横行してる。

こないだも、バイク同士が接触して、どっちも転んでる瞬間に遭遇した。スクーターにのった女が「ミラーのアームが折れたじゃないの!どうしてくれんのよ!」って、ネイキッドに乗った男をまくし立てていたが、いやいや、俺に言わせればその前にまず、おまえらどっちもヘルメットかぶれよ、と言いたい。

そういう現場を目撃したため、もう肉はしばらく食えないなーと思っていましたが、あっさり、昼飯にハンバーガーを食いました。空港で。

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マックに行ったことが無かったので、マック。チキンマサラセットみたいな名前だったと思う。そんなにうまくないが、まずくもない。

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帰り、プネの空港からアパートまでも旅行会社手配の車で移動。インドではこれが結構重要で、なぜならば、タクシーはほぼ全部ぼったくりだからである。リキシャという手もあるけど、ちょっと遠かったので車を手配してもらった。これが一番安全。30分くらい乗って一人頭1000円くらいだから良いだろう。

乗ったのはTATA自動車の車だった。TATAは初めて乗った。セダンでディーゼル車だった。内装は結構よかった。センターコンソールもメーター類もなかなか高級感があった。

以上。今回の記事はホンダのターボの話とか、タンクデサントとか電撃戦とか書けたから満足。