インド滞在記(10)異文化交流

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これは中華料理の写真です。

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この中華料理屋も高級な部類(インドでは)なので、変な料理はまず出て来ません。最初の写真は唐揚げみたいな料理。メニュー見ても想像ができないので適当に頼みます。店員は必ず高いのを進めてくるので、そこは断固拒否します。

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水餃子的なもの。小籠包かもしれない。
これは普通にうまかった。

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これは北京ダック。北京ダックってこんなのかあ?なんか違う気がする。でもうまい。

ちなみに今回の日記のテーマは異文化交流ということである。今更な感じもある。異文化交流とは何か?それは、accept the diversity of cultureであって、not need to change myselfだという事だった。ってインド人の偉い人が言ってた。同じようなことをビートたけしが言っていた。と、前に書いた。「欧米の料理をなれないフォークとナイフで食って美味しいですね、なんて言うのはみっともない。箸をくれ、って言ったほうが勝ちなんだ」みたいな趣旨だ。

私は、異文化を理解するとは、多少は自分を変化させる必要があるもんだと思っていた。でも、そうでは無いらしい。なぜなんだろうか?なんとなく、わかる気がするが、明瞭にはわからない。たとえば、「インド人は右手でしか飯を食わない。左手でケツ洗ってた過去があるからだ」ってのを理解し、受け入れ、ああ、インドじゃ右手しか使っちゃいかんのね。って思うのは簡単だ。でもそれでacceptしたと言っていいのだろうか?なんか違う気がする。

ちなみに、料理の皿を渡すときは普通に左手使っていいそうだ。よく定義がわからん。まあ文化に定義は無いので、そういうもんならそういうもんだろう。それがaccept。だろうか。ちなみに、偉い人はVolkswagen、日産などの企業を渡り歩いたれっきとした一流のビジネスマンである。

私が思うに、日本人はこのあたりの概念を理解するのは難しいだろうと思う。日本にいる限り、diversityに触れる機会、すなわち、異文化に触れる機会なんてほとんどないからだ。

日本は島国で、単民族、単言語と言っていいだろう。こう言うと必ず「アイヌがいるだろうが」って言う奴がでてくるんだけど、お前らはアイヌの文化に触れたことがあるのかと問い詰めたくなってくる。ちなみに俺の地元にはアイヌ語の地名があった。なぜ秋田にアイヌ語の地名があるのかは知らん。

まあようするに私が言いたいのは、日本は異文化に触れる機会が無い、って、それだけだ。今日は、ベルギーの人と話す機会があったのだが、ベルギーの公用語は英語とフランス語とドイツ語らしい。ということは、あんな狭い国で、言語だけで3種類もの概念を理解する必要がある。これもひとつの多様性だ。ちなみにインドは国の言語(national language)が無いらしい。official languageは英語とヒンディー語らしいが、offical languageとnational languageの違いが日本人にはよくわからない。これも多様性だ。

インドは州ごとに固有の言語があるらしい。メジャーな言語だけで14、さらに細かいローカルな言語を含めると1300もの言語が集まっている。また、州ごとに人種が異なる。インド人は外見と言葉のアクセントから、どの州の出身か当てることができるらしい。日本でそんなことが考えられるだろうか?ありえない。

宗教もそうだ。「もしインドに赴任したらお前はラッキーだ。なぜかというと、インドは休日が多い。」と言う事を言っていたが、なぜかというと、インドは非常に多くの宗教があるので、みんな「俺らの記念日を国民の休日にしろ」と言い出すので休日が多くなったらしい。

インドの宗教はほとんどがヒンドゥー教だが、その他にも、仏教、シーク、ムスリム、キリスト、ジャイナ、Parsi(これがよく分からん)、シークなどがある。で、仏教の中でもいっぱいカーストがある。カーストというとあの身分階級を思い浮かべると思うが、どうもカーストというのは宗教の分派を意味するみたいな言葉として使われている。ここらへんがネットを調べたがよくわからなかった。

で、仏教の分派はBrahmin, Mahara, Chambhar, Teli, Vani, Vaishaya, Sutar...などなどいっぱいあるらしい。ほかにもムスリム(イスラム教)だったらシーア派とかスンニ派とかあるよね。キリストだったらプロテスタントとかカトリックとかだな。
そういうのがごっちゃになっていろんなところに散り散りになってる。それがインドの多様性だ。最近はこのカーストという概念も薄れてきているが、小さい村なんかは教育レベルも低いので、未だに黒魔術を信仰しているレベルらしく、違うカーストの男と結婚した娘の一家が全員殺されたなんて事件がいまだにあるらしい。

インドには標準という概念があんまりない。たとえば、1ルピー硬貨だけでも3種類くらいの硬貨が普通に流通している。ギザ10円と普通の10円とかいうレベルじゃなくて、もう大きさから絵柄から全部違う。あとは、車のナンバーも、同じフォーマットのナンバープレートを見つけるのに苦労するくらい多種多様だ。意味がわからない。

日本に住んでいたら同じ価値の硬貨が数種類あるとか想像しないだろう。ナンバーが違う車があるなんて想像しないだろう。仮ナンバーや自衛隊ナンバー、米軍ナンバーをたまに見つけて喜ぶくらいのレベルである。

そういう、普段から多種多様なものが入り交じっている環境で育てば、文化の多様性というのも自然に養われるだろうが、日本ではそうは行かない。それがいいか悪いかは知らんが、そういうもんだという事は言える。

あと、今日知った小ネタをいくつか。

インド人は時間を守らない。Indian timeだ!とか自慢していた。ベルギー人は頭を抱えていた。

でもこれはある程度しょうがないことだと別のインド人が神妙な顔で説明してくれた。インドでは、バスや電車が数十分単位で平気で遅れてくる。道路状態も悪いし、信号もないから毎日渋滞だ。そういう背景があるんだ。先進国でそんなことがあるか?日本では電車が時間通りに来るだろう?そこはインフラの差なんだ。インドはそういう意味でも、まだまだ発展途上なんだ。

で。また別のインド人からこんな話を聞いた。アメリカの同時多発テロが起こった時、WTCでは130人のインド人が普段働いていたそうだ。で、そのインド人は一人も死ななかった。なぜか?それはIndian Timeによって、本当は9時始業なんだけど、9時20分とかに来ることを許されていたのさ!だから飛行機がぶつかったときは誰も出社してなかったんだ!ハハハ!とか言ってた。お前、インフラが整ってても遅れてくるやんけ。と、俺は思った。

ちなみに、この事件の首謀者とされるOsama bin Laden氏。この、「bin」というのミドルネームではない。binというのは「son of」という意味なんだそうで、つまりOsama bin Ladenとは、Ladenの息子のOsamaという意味だそうだ。

インドでは苗字、つまり、Last nameやSurname,family nameが無い人がいっぱいいるらしい。そういう人はどういうことになるかというと、Osama bin Laden形式の名前を名乗ることになる。ちなみに、この、表記方法も宗教とカーストによって変わっていて、binじゃなくてKahnとかになったりするらしい。

まあ、ようするに、こんなにも世界は違うんだね。みたいなことが言いたかったの。今日。