インド滞在日記(3) - 一生独身は寂しい人生か?

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なんかよくわからないけど、上記のようなタイトルで話を描いてみたいと思うよ。

未だに、このブログに「一生独身」「彼女(彼氏)居ない歴 年齢」「一生独身 死にたい」「死ぬとき 結局 一人」などというネガティブなキーワードで検索してくる人が多いよ。

最後のはちょっと毛色が違うけど、その他に関しては、もうね、あんたら、好き勝手やればいいと思うよ。ほんとに。そういう考えが強くなってきたよ。インドに来てから。インド人に触れるだけでなく、同じ日本人研修生の価値観にも触れ、私の考えは徐々に影響を受けつつある。

インド人はすごくフレンドリーだけど、それは、彼らがただ単に外人とコミニュケーションを取りたいという単純な気持ちに動かされてそうしているだけだと思う。これが日本人だと、(というか私は)なんかこう会話を続かせたいという気持ち、つまり義務感、が強く、そこから生まれる帰結として結果としてフレンドリーになる、という感じだと思う。

根拠はないのだけど、「一生独身な人生はつまらない人生か?」などという問の答えを欲するような人間は、私に似ていると思う。つまり、上記のような考え方をしているような気がする。

つまり言い方を変えると、そういう人は、私は別に他人と喋りたくないんだけど、他人としょうがなく喋ってる、ということだ。世間体のために。これはあまりよくない。

日本人は他の人と同じ行動をとってないと不安になる。私が思うに、それは日本人の希薄な宗教観、道徳観を補完する非常にうまい仕組みなのだと思う。したがって、良い事であるとはおもう。しかし悪いという面も大きい。

「一生独身な人生はつまらない人生か?」という哲学的な問に対する答えも、こういうところにあるだろう。なぜつまらない人生と思うのか?それは、そういうふうな考えを述べる人が居たからとか、結婚している人はみんな幸せそうで、周囲の知り合いがみんな結婚し始めて焦ってるとか、そんなことだろう。

よくよく考えてみるがよろしい。一番重要なのはあなた自身が結婚したいかどうかである。この問をよく考えてみるべきだ。あなたが結婚したいと思っているのは、それは本心からそう思っているのか?周りに合わせているだけじゃないのか?と、まあ、私はこういうことを主張したいわけですな。

結婚に限らず、すべてのことにはメリットとデメリットがある。そのメリットとデメリットのうち、メリットが大きければそれをやるべきだし、デメリットが大きければやるべきじゃない。デメリットとメリットを加算して、1になる事Aと10になる事Bがあり、どちらも同じコスト(時間的・金銭的)がかかるならばBをやるべきだろう。

私の人生哲学は、「人生とは選択である」だ。人生とは岐路でより好ましい道を選択することである。

もちろん、「結婚ていうのはそういうもんじゃない」「算数で人生が計算できるわけがない」そのように主張する人もいるだろう。大いに結構である。あらゆる意見を私は否定しない。

しかしながらひとつ言わせてもらうと、それは人生の岐路に立たされた時、どのように進むべき道を決定するかのストラテジーであって、本筋とは関係ない議論である。

あなたが婚活して結婚するか、それともすっぱり諦めて独身を満喫するか、という岐路に立たされて迷っているとして、それを感情的に決めるのか、人情的に決めるのか、道徳的に決めるのか、計算で決めるのかは単なる方法論だということである。どの戦略を持ってしても、誤りであるとか正解であるとかなんてのは本来無いはずである。

しかるに、そもそも結婚したいかどうかという哲学的な問に対して答えを求めるとき、上記のようなことを鑑みると、自ずと答えは導き出されるのでは無いだろうか?あなたがベストと思うストラテジーを選択し、そのストラテジーから得られる帰結に向かって進めばいいのである。それも面倒であれば、サイコロを振れば良い。

人生は選択である。今読んでいる小説、「Trainspotting」にすごくいい言葉があったから書いてみるよ。

セックスは、男と女の関係を深めるか、終わらせるかのどちらかだ。前か後ろかには進めるが、その場に留まるのは難しい。

これも人生の選択の一つである。結婚するかどうか、目の前の男・女をチョイスするかどうか、そいつと寝るかどうか、そんなのはただの選択である。誰かから指図されてどうこうする問題ではないし、答えがあるわけない。

答えの無いものを他人に聞くという姿勢がそもそもの誤りである。あなたは単純に、自分のやりたいと思うことにしたがって、人生を選択すれば良い。それでなんの面倒があるのか?なんの不満があるのだろうか?

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上記は今日食った飯。ポークだった。久しぶりに肉を食った。