7月5日

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7月5日は喪に服す日だと決めている。

でもその意志も年々薄れていっていて、徐々に記憶から消え去っていく。友達が死んだときは16歳だった。あまりにも若い。毎年、友達の家に行くと、友達の写真が仏壇にかけられていて、友達の若さと自分の老いを痛感する。友達はずっと若いままなのに、我々はどんどん年を取っていく。

友達が死んですぐの頃は、何故世の中が平然と回っているのか理解できなかった。こんなに自分の世界が激変したのに、ニュースもいつも通り。何も変わらない。皆、普通に学校に行って勉強していた。それは考えれば当たり前なのだと言うことは当時の私にも分かっていたのだけれども、それでもとにかく理解できなくて、不思議でしょうがなかったのは、それなりに私の世界が狭かったと言うことだろう。私の世界の中で、相対的に大きな領域をしめていたからこそ、不思議に思ったのだろう。

我々の世代はもうすぐ三十路になるのである。そろそろ社会の中でも中堅を任されてもおかしくない年代だ。あのときから私は一体どれだけ成長したんだろうか。いろんな事を覚えて、いろんな事が出来るようになったけれども、それはやり方を覚えたと言うだけで、本質的な成長は止まっているような気がする。

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私は沢山の書きたいこと、残したい物があるが、それら全てを完成させるためには全く時間が足りない。人生は皆が思ってるほど長くない。人生は一度しかない。生物として残された時間を切り崩している生活だ。だから私は、常々、あらゆる場面において最適な選択肢を選ぼうとする。常に安全圏を、リスクに見合うリターンを求める。人生というのはまったくその繰り返しであって、まるで自分で敷いたレールを自分で走る列車のよう。もしくは、掘削しながら壁面を固める海底トンネルの掘削マシーンのよう。自分で制御しているのか、されているのか、分からない。

しかしながら、そのように考えながらも、先の人生というのは全く想像出来ない。

こないだ、娘と一緒に散歩していると、(たぶん)積水ハウスのアパートがあって、そこは結構敷地が広く、真ん中に植樹がある。その周りをレンガで囲んでいる。その空間だけが他から切り取って隔離された世界のようで、なかなか良い感じがする。

思い返すと、嫁さんを東京に連れてくるとき、二人で見に行ったアパートの一つがこんな感じだった。それをうちの嫁さんはすごく気に入っていた。私は、それなりに安いアパートもしくは賃貸マンションを探していて、そこで意見が合わなかった。それが、たった数年後、東京に家を建てるなんて想像出来ただろうか。

それよりも昔は、私は絶対にバイクを買おうと心に決めていた。最低でも400cc。最終的にCB1300ボルドール。それが今や、CB1300ボルドールが下手したら2台買えるような車を買ってしまった。これも当時からは想像がつかなかった。

というか、そもそも、私が人様と同じように生活する、その上、結婚して子供を育てるなんてことも思っても居なかった。私は将来絶対に結婚出来ないという確信があった。私はずっと独り身で、CB1300ボルドールに乗って一人で写真を撮りに行く生活をするもんだとばかり思っていた。でも全然そうなってないということは、結局、私自身が、人生分かった気になっているだけであって、実は何も知らないってことを露呈しているだけなんだな。

7月5日の17時、私は会社に居て、またいつものように無茶苦茶を言う客を相手に憤慨していた。イライラした。そのような選択肢を選んでしまったのも、これもまた、想像の出来ないことだった。

コンピュータはサイコロを振れない。だから、わざわざネットワークからやってきたデータ、ユーザーのキー入力なんかをもとにして疑似乱数、つまり、ランダムもどきな数を作ったりしてるのだけど、人間は幸いにして、サイコロを振れる。最適な選択肢を選んでいくだけの毎日において、せめて、サイコロを振るくらいの遊びはあっても良いと思う。