風邪が辛いんじゃ

まだ風邪が治らない。治らないので早く寝る。早く寝るのでまた過去日記を適当に載せとく。

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2008年2月1日10時36分: 飛行機が落ちる

なんかね、道を歩いていたら後から妙なカップルが近づいてきたんですよ。近づいて、追い越しもせず、僕の後をある一定距離を保ちながら歩いているだけなんですよ。 そしたらね、

男「飛行機さー、雲抜けたらもう一面下が山なんだよね」
女「えー、うそー」
男「すごいびっくりしてさー、もう落ちる、落ちる、って思って」
女「うんうん」
男「着陸したの」
女「えー、うふふ」

とか話してるんですよ。 僕は思ったね。何が、えー、うふふ、だ。痴れ者が。お前その話本当面白いのかと。本当に面白いと思ってんのかと。もう裁判みたいに数年にわたって問い詰めたかったね。お前つきあい始めで浮かれてるだけじゃねえかと。だいたいさ、なんで「えー、うそー」とか言うんだよ。お前嘘ついてるとは思ってねえだろ。そこまで自分の彼氏を信用していないわけでもないんだろ。だったらそんな悲しいこと言うのやめろよな。

男も男だ。何が、「雲抜けたら山だった」だ。てめー、日本の国土の8割は山なんだよ。もうね、「昨日さー、朝起きたら東から太陽が昇って西に沈んだよ。つかマジありえなくねー?」とか言ってんのと同じ。情報量ゼロ。アホの極み。

だいたいよ、飛行機が着陸すんだから高度下がるのは当たり前だろうが。てめーは空中で着陸して飛行機から降りるときはなぜか地上かと思ってんのかよ。人をなめるのも大概にしろ。インテークに吸い込まれて死んでしまえ。

まあ日本語ってのは、テキトーな面が多々ありますから、「曖昧な相づち」っていうんですかね。えー、うふふ。とか。何でもかんでも、えー、うふふ。とか言ってりゃなんとかなるような気がしないでもないけど、でもねー、

面接官「大学を卒業してから今までの2年間は、何をしていたのですか」 女「えー、うふふっ」

とかいうやりとりがあったらそれはそれでだめ人間だし、

試験問題「自然結合に交換法則が成り立つことを証明しなさい」 女「えー、うふふっ」

というやりとりがあっても単位はもらえないと思う。 つまり、曖昧な相づちってのは、その場を取り繕う以上の効能は望めないわけで、男のためにも、今後二度とそういう社会をなめきった事柄を述べることは厳に慎むよう、しっかりと教えるべきである。というのが僕のだいたいの意見。

つまり、

男「飛行機さー、雲抜けたらもう一面下が山なんだよね」

女「日本の国土の約八割が山じゃない」

男「すごいびっくりしてさー、もう落ちる、落ちる、って思って」

女「そう簡単に飛行機が落ちるわけ無いじゃない。交通事故と飛行機事故が起こる率を比べてみなよ」

男「着陸したの」

女「そんなことはあなたがここに居る時点で自明である。かつ、飛行機事故が起こったならば各種報道機関ですでに報じられているはず。あなたの話は私には何の有益な情報もない。しかしながら、サブプライム問題、インド洋給油問題、暫定税率廃止、ガソリン税の一般財源化など、予断を許さない国際/国内情勢下で、あなたのような何の情報量もない、将来や社会情勢について何も考えていないような、女子高生みたいなトークは私の心をごくごく少し和ませるという点でのみ、価値が見いだせるが、だからといってつまらない話を必要以上に聞くのは苦痛なので、以後、無駄口は厳に慎むよう。うふふっ」

がいいと思う。
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もう一つおまけ。

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2008年11月27日16時00分:結婚と新たな冷戦

僕は23になるが、今まで一度も結婚式に出席したことが無い。よくわからんけど、これは結構珍しい事なのではないかと思うのですがどうでしょうか。

こないだ某夫婦の披露宴の席順が書かれた紙を見る機会があったのだが、それを見ると両家で100人くらいいる。ということは、単純計算で一人に対して約50人くらいの親類や友達、恩師などといった人々がおるわけだよね。

僕はちょっと自分だったらどうかということを考えてみたんだけれども、自分の親族はまあ25人くらいが出席してくれると仮定して、じゃああと25人をどのようにして引っ張ってくるかということである。

普通ならばその25人はなんちゃら時代の親友とかということになると思うんだが、僕は僕の結婚式に果たして何人が出席してくれるだろうかと考えてみると、嘘偽り無く、超現実的に考えたとして、頑張って15人、頑張らないとせいぜい3人が関の山だとおもう。

こういうのは実はよくある話らしく、僕のような人のために「結婚式で友人のふりをするバイト」なんかがあったりするらしいから驚きである。つまり片方の面子を保つために行われる偽装友達。そこに友情は無い。あるのは金銭を伴う契約と、ご祝儀なきお祝いである。

はっきり言って僕はそういうのは大嫌いである。

そもそも、表面上の友達ですらないような、どこの誰かも分からない、「適当に祝って金もらえるから楽なバイトじゃん」みたいに考えてる奴に表面的に笑いかけ、表面的なキャンドルサービス、表層的で中身の無い生ハムサラダを食いながら、その場はすこぶる仲の良い旧友のふりをして、ウェディングケーキに入刀、表面的なワイン、偽りのお祝いで面子を保つならば、私は成田空港で切腹する。偽りのウェディングを享受してしまったのならば、それはすなわち死を意味するのだ。人間としての尊厳死なのだ。

男たるもの、ベストな環境でなくとも、与えられたカードで勝負しなければならないのである。つまり、友人にしこたま「元気にしてますか?結婚式に来いよ、馬鹿野郎」という旨の招待状を送りまくり、その結果、3人しか招集できなったのであれば、それで勝負するしかないのである。

ここで集まった3人は本当の友達だろう。わざわざ万単位のご祝儀を包み、遠方まで来てくれる本当の友達であるのだ。私は彼らとともに戦わねばならない。 つまり、我ら4人で、新婦側友人連合数十人を相手にどこまでやれるかという話である。

フィンランドの英雄であるスナイパー、シモ・ヘイヘはソビエトとの冬戦争でコラー河付近の領土を守り抜いた。ソビエト赤軍兵士4000人に対し、フィンランド軍は32人で守り抜いたのである。後にこの戦いは"コラー河の奇跡"として知られることになる。 ヘイヘは与えられたカードで勝負した、男の中の男であるから、フィンランドの英雄となったのである。

古今東西、このように少数の兵士で大規模な敵軍の猛攻を防いだという記録は残っている。つまり、私は現代の戦う新郎となればよいのである。私は鬼新郎である。

ではどのようにして披露宴を乗り切るか。

馬鹿正直に3人で出席したとしよう。 「なんで新郎側の友人は3人なの?」「友達いないの?」「性格悪いんじゃない?」「あんなに友達少ない人と結婚して、A子さん本当によかったのかな」「ちょっと寂しいよね」「もうちょっと呼べなかったのかな」等の話が聞こえてくる。圧倒的にスペースのある新郎側のテーブル。巨大なテーブルに友人三人は寂しいから、友人三人は新郎側のよくわかんねえ親類のおっさんと同席である。そのウェディングプランナーの配慮が逆に痛い。 友人三人には視線が突き刺さる。「何で?何で3人なの?」注目が集まる。徐々に分泌されてゆく新郎の脂汗。面子の立たない両親。「何で三人なのよ・・・」よせ。友人3人は悪くない!そんな目で見るのはやめろ!

そんなことになったら、もはや結婚披露宴どころではない。恥辱披露宴である。非常に屈辱的であることには間違いない。これでは与えられるカードで勝負しているというよりは、単純に戦うことをあきらめているようなもんである。敵前逃亡と等しく、これも指揮官である新郎は責任をとって、成田で切腹するべきだと思う。

では、披露宴を乗り切るためにはどのようにすればよいか。もうちょっと真面目に考えてみたい。要するに人数が足りないから問題なのであって、単に人数を増やせばよいと思う。具体的には、4人で山に篭り、分身の術等を習得するなどがいいのではないかと思う。つまり3人が30人に化ける。ご祝儀もちゃんと渡すが、それぞれ3人が10倍の額を包まなければならない、というわけではない。安心して欲しい。あとの27個は結婚式の費用として支払われたころ、木の葉になっているから。

それより心配なのが、鍛錬の不足で、酒を飲んで酔っ払ってしまったら分身状態を維持できなくなり、数人が中途半端に融合、手足が8本で頭が二つの怪物に変貌、式場と所狭しと走り回り、他テーブルの料理を食いまくる、グリーンピースだけ残す、ウェディングケーキを乗せている台でテーブルクロス引きに挑戦する、親戚の子供にエロい知識を植えつける等、好き勝手振舞って披露宴を台無しにしてしまわないか、そこが疑問である。

各人の職務の都合等で、分身の術の成熟が不十分になってしまった場合に備え、プランBを考えておかなくてはならない。幸い、私には工学の知識があるので、それを利用すればよいとおもう。

つまり、最新のヒューマノイドロボットをレンタルし、内蔵する人工知能を独自に開発しておくのである。あたかも新郎の友人であるように振舞う人工知能を。完全な知能を作ることは無理だと思うが、他人がしゃべったことを理解し、無難な回答をするということくらいはできるんじゃないかとおもう。

しかしながら、「2001年宇宙の旅」でのHAL9000に見られるように、高度な知能を持ったコンピュータが目標を完遂するために障害となる人間を抹殺する、ということはもしかしたらあるかもしれない。

具体的には、自分の進む進路上に酔っ払った親戚のおじさんがうろついていたならば、その障害を取り除くために、手に持ったフォークで目玉を串刺しにしてしまうかもしれない。そしてその目玉をキャンドルに添えてしまうかもしれない。そういうことにならないよう、注意して設計する必要があるか、はたして私の作った人工知能が必ず殺人を犯さないと保障できるかと問われると、疑問である。

もしそれが難しければ、会場内に柵を設けて、ロボットには近づけないようにしておけばいい。柵を不審に思う人がおるかもしれないので、そこら辺は司会に「柵に囲まれていないと気が狂ってしまう精神病の人が一人います。知られるといじめられるので一応大きく囲ってみました。くれぐれも怒らせないように。すでに3人殺しています」くらい説明してもらえれば、誰も怖くて近づけないでしょう。

と、まあ、このようなことをすればよいのですが、皆さんは「何もそこまでして・・・」と思っていることでしょう。きっと。

しかし考えてみると、これが通常の友人であったとしても、こういう危険は孕んでいるのである。具体的には、酔っ払った友人がビール瓶で他の友人の頭を叩き割る、酔っ払った友人が先天性のロリコンを遺憾なく発揮し、従兄弟の子供に性教育を施す、キャンドルサービスのキャンドルを奪い、式場すべてに放火し、全てを焼き尽くすという事件が起こる可能性はゼロではないのです。

これらはすべて、「披露宴はとにかくめでたい」という超浮かれ気分で平和ボケまっしぐらな心と、アルコールと言う人類の大脳新皮質を狂わす悪魔の二つが存在するという、結婚披露宴の特性上、仕方の無いものです。

そういう風に考えると、もともと結婚披露宴は戦場だと言うことができる。つまり披露宴がめでたいと思う、その発想がそもそもの間違いであって、各人は考えられる最善の武装と防御システムを持ってして披露宴に臨むべきであり、アルコールが入りつつもお互いを監視し、少しでも不審な行動を起こす人間がいたら、すかさずウェディングケーキを切る長包丁を喉に突き刺さなければならない。それを躊躇したならば、殺されるのはあなたである。

もう何の話をしてたか分からないし、頭が痛くなってきたので、途中ですがここでやめます。最終的には、この日記は月資源をめぐって新たな東西冷戦が起こったとき、日本はどうあるべきか、という話まで持っていくつもりでしたが、もういいです。

みなさん、僕が結婚するときには、披露宴にどうか出席してください。そうしないと日本が第三次世界大戦に巻き込まれてしまうのです。世界が平和であるよう、月に祈りましょう。

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よくもまー、こんな適当な話を書けるモンだ。我ながら感心するよ。